二の岡神社まで散歩に出かけた。うっそうとした杉木立の森に木漏れ日が差し込んできらきら光る。鳥居から本殿までの参道は石段のゆるやかな坂になっていて、朱塗りの常夜灯が左右に立っている。今NHKテレビで放映中の「忠臣蔵の恋」で主人公と恋人が腰掛けて語り合う場面がこの石段だ。このあたりは野鳥の森でドラマでも実際の鳥のさえずりが聞こえるよ。
この階段と並行して「女坂」と呼ばれているなだらかなスロープがある。今日はここに真っ黒な砂利が一杯に敷き詰められていて驚いた。いよいよ舗装するのかな、と思っていたら実はまた映画の撮影に使うためだった。東京から近いせいもあって人気あるなあ・・・。
2年生のMIさんは前回「仮定法」を勉強した。仮定法の動詞の使い分けはほぼ正確だったね。「まるで〜のように」は、接続詞の as if または as though の後のSVに注意。主文の動詞と同時のことなら「過去形」で、それより以前のことなら「過去完了形」で表す。今日は「仮定法・未来」を勉強してよく理解出来た。「 If のない仮定法」では He did his best: otherwise he wouldn’t be happy now. 「かれは最善を尽くした。しかしもしそうでなかったら今頃はしあわせになっていないだろう。」このセミコロンの後のotherwiseは古くは in other ways (他のやり方では)といっていたものが1語につまってスペルもwiseに変わったんだ。接続詞ではなくて副詞だから直前にはカンマではだめなのだ。If he had not done his best, (もし最善を尽くしていなかったら、)と同じ意味に使う。
SEさんも同じ「仮定法」だった。東海大の和訳では If it were to lose its Japanese identity, this would be a great loss not only for it but for the whole world. が難しかった。前半にwere to loseが「あり得ないこと」を表す仮定法・未来の動詞なので、「もし仮に日本が自分の日本らしい特徴を失うとしたら、これは日本だけでなく全世界にとっても大きな損失になるだろう。」 not only A but (also)B は 「AだけでなくBも」とBを強調するイディオムだ。
KI君は前回「Ifのない仮定法」を勉強した。「さもなければ」の副詞 otherwise や「〜がなければ」の前置詞 without は重要だ。If it were not for〜で言い換えできるけどね。逆に「〜があれば」なら With を使えばいい。not
を抜いて*If it were for〜とは言わないけどね。今日は「仮定法・現在」を勉強した。そんな用語は忘れてもいいけど、要点は「要求、提案、主張などの文の対象となる節の中の動詞を原形で書く。」と覚えよう。
三島教室のENさんもこちらに出席した。前回「分詞」を用いる英作文の入試問題をやってみた。「愛知教育大」の「他のみんなが話をしているときに、腕を組んでじっと黙っていたじゃないか。」では前半の「〜ている」は過去進行形で、後半の「〜ていた」は過去形の keep やremain を使う。つまり「状態動詞」は進行形にしてはいけないのだ。 When the others were talking, you remained silent with your arms folded. 今日は「譲歩構文」の even if や even though(たとえ〜でも)を勉強した。日本語の「逆接文」のような、反対を意味するつながりかたのことだ。Young as she is,・・もThough she is young,・・ と同じ意味だから「譲歩文」の一つだね。
御殿場教室のMU君もこちらに出席した。今日は「関係代名詞」の勉強だった。日本語の文法事項にはないので、和文英訳するときには日本語のどの部分に関係詞を当てはめるかがむずかしい。日本語をよく分析して動詞Vを2つ指摘してから、それぞれの英文を組み立てることが大切。主文SVOの最後の語句を「関係詞節」で説明するなら「くっつけ式」、主文の主語Sを「関係詞節」で説明するならVとの間に挿入する「わりこみ式」の2種類が考えられる。もっとたくさん練習問題をやってみないとすぐには身につかないね。 尾上
(追記)二の岡神社の宮司・内海さんは元御殿場市長で、この鳥居の前に広いお屋敷を持つ。その門前には「忠臣蔵の恋」のポスターを掲示し、「あさがきた」の主人公「広岡浅子」たち明治の先進女性グループを写真入りで紹介している。さらに「二の岡地区」の別荘案内図で昭和14年発行のものが貼ってあって、「広岡家別荘」も「西園寺公望公別荘」と並んで記されていて興味深く見入ってしまった。我が家のあたりもその地図の隅の方に位置する。
トラックで砂利を運んできた業者と話をしていた宮司の内海さんが顔見知りの私に話しかけてきた。「女坂をアスファルトで舗装するんですか?」と聞くと、「いいえ、あの砂利はこんど時代劇の撮影で、坂を駆け下りる馬が足を痛めないように敷き詰めたもの。関ヶ原の合戦のお話らしい。黒沢明監督が有名な『七人の侍』の馬の場面をここで撮ったと知り、こんどの監督もここが気に入ったらしいです。」
御殿場市の行政の一部に「フィルムコミッション」が取り入れられている。映画撮影推進委員会の意味で、隣の小山町や伊豆、富士、富士宮などにも同様の組織がある。この30年映画やテレビの撮影に自治体や民間が積極的に協力する風潮が高まり、全国各地で盛んに地域興しの一貫となっているようだ。









