御殿場でも道ばたに大きなヤマユリが咲き出した。花屋で見る一番豪華なユリのカサブランカに近いよ。「金時山」のあの南斜面はどうかな、と期待しながら矢倉沢に車をとめて登っていった。残念、まだどれもつぼみだ。しかし予期せぬ発見が。急斜面に「カキラン」の大群落が7分咲きだったよ!柿の色をした花弁が開くと白い唇弁に赤い筋と斑点の模様が妙にあでやかな花だ。
これも乱獲などで「絶滅危惧種」に指定されているんだ。けっして「花摘み」はイケマセン。すぐ先の藪の中にはこれもラン科の「ツチアケビ」がようやっと咲いたよ。6本も群れをなして二ヶ月前から見ているとすこしずつ成長していた。直立した茎に黄色い花が鈴なりにつく。これが秋になるとまるで「ウィンナソーセージ」のような真っ赤な実が一杯にぶらさがる不思議な光景・・・。
2年生YAさんは前回、「独立分詞構文の慣用表現」をやった。こまかくいうと7個の例文のほかにプラス10個は覚えておきたいね。「一般的にいえば」とか「〜を考慮にいれると」のように、接続詞の If が隠れていると考えよう。今日はさらに「動名詞の慣用表現」をいくつか覚えた。 Betty was upset, for she was not used to speaking in front of such a large audience. 「ベティはうろたえた。なぜならそんなおおぜいの聴衆の前でしゃべることに慣れていなかったから。 be used to〜は be accustomed to 〜と同じで「〜すること(動名詞)になれている」の意味。 for は andや butと同じ接続詞で、「なぜならば」の意味。 because・・・は「・・なので」という。「分別」が「ゴミのブンベツ」と「フンベツのない人」と2つの読みがあるとは気づかなかった?
EN君は前回、「関係詞」の語句整序問題をやったら難しいのに80%正解だったね。英作文では「受動態」に関する表現の英訳だった。「そんなばかげた質問をすると、みんなに笑われますよ。」 ask such a stupid question の主語は誰?当然 you だよね。後半のyou will be laughed at by everyone とつなぐ接続詞If が必要だ。英作文はまずはSVを組み立てることから始めよう。不定詞や分詞を使うのは意外にハイレベルで危険だ。今日は「It 中心の構文」を勉強した。 It seems that ・・は「〜のように思われる」の意味で It appears that・・・ ともいう。It is thought that ・・というのと同じ。話者の「私」にはそう思える、と「判断」を加えているのだ。It happened that ・・・も「私は偶然だと思うんだけど」と気持ちを添えている。
三島教室のTA君が出席した。いつものセンター試験の過去問をやってみた。今日は3問の語句整序問題が2問失敗だったね。入試で頻繁に出題されるのは、 All you have to do is 〜(あなたがすべきなのは〜することだけ、つまり、あなたは〜するだけでよい)の構文。You have only to〜と言い換えもできる。ここではhave to doをhave got to do となっていて余計に難しかったんだね。文法・作文は「原因・理由」の表現を勉強した。
大学生のYAさんは前回「九州大」の「異文化の人との意思疎通」という難しい和文英訳をやってみた。「むしろ、意見が食い違ったところから伝達は始まるのである。」は、「・・ところから」でwhen で2文をつないだのはとてもよかった。When our opinion is different from the others' , our communication begins. 「むしろ」は文中ならrather でもいいけど、ここでは文頭で「本当は」とか「実際は」の意味だから、In fact とかactually がいい。今日もTOEICの模試問題をやってみたら80%以上の正解が出せたから実力は十分ということだ。あとは問題処理の時間の勝負だね。リスニング問題100問を45分でやった後、さらに100問の読解問題を75分でやるのだ。
8月中旬「夏期講習」の案内を黄色のプリントで先週お渡ししました。今日は8月〜9月のUG会予定表を配付しました。ピンクのプリントです。 尾上
(追記)「志賀高原」というと冬のスキー場を思い浮かべる。御殿場南高校にいた頃、英語科の同僚KO先生に誘われ夜行バスで「志賀高原スキー場」に行った。「東京」から夜行の直行バスに乗れば夜明け前にはスキー場のホテルに着いていた。30年前はまだ高速道路がなく、バスは国道18号線の「上信越道」をとことこ走り「軽井沢」の峠を越えて「長野市」経由で志賀高原まで入っていた。
冬期オリンピックで日本人初のメダリスト「猪谷千春」(いがやちはる)というスキーヤーの名前を知ってるかな? 60年前、学生時代のKO先生は猪谷さんと同年代でこの「志賀高原」で一緒に滑っていたそうだからスキーはずいぶん長いキャリアを持っていた。自分の滑りかたを「自然流」と称し「ずり落ち型」とも言って、ただただ「万有引力の法則」に従って、特に格好をつけることもなく滑り降りるだけでいいのだ、と言っておられた。
私のスキー歴は島田商業高校時代に、生徒の希望者と教職員なかまで霧ヶ峰の「車山スキー場」に何度か行った。時には息子も連れて。ここは家族向けの緩やかなゲレンデもあってとてもよかったから。御殿場に来てからは御殿場市営で今はない「太郎坊スキー場」や、「裾野」の人工雪の「日本ランドスキー場」でナイターに家族で行ったくらいでヘタクソだ。
「志賀高原」では、「丸池」のホテルからスキーを履いて、「東館山」の頂上駅までロープウエーで登り、樹林の間の細い急斜面を滑って降りたのは特に思い出深い。広いゲレンデスキーとはまた違った楽しさがあった。さらに「ジャイアントスキー場」や「ブナ平スキー場」などに隣接していて、こんなにスケールの大きなゲレンデは他にはなかなかないよ、ということだった。
沼津東高の2年生が毎夏実施する「高原教室」は、その頃新任教員だったこのKO先生の発案が実行に移されたものらしい。ご自分が昔から馴染みの「定宿」と交渉して、300名もの高校生を宿泊できるように計画した。旅行社は一切関わらないのだ。何の事故もなく半世紀も続いた学校行事は珍しい。卒業生のよき思い出になって、「山登り」やハイキングが後の人生に生きていると良いなあ。
