三島ゆうゆうホールにて
「パール富士」
我が家の近所は昭和の初期に「対山荘」と呼ばれて、「富士山」一望の別荘地で売り出したのだろうけど,育ちすぎた杉や檜の森に囲まれてしまい二階に上がっても富士山の展望がほとんどない。50mほど歩いて「押出橋」までいけばマンションの上に半分だけ見えるが、しかし三国山系から愛鷹山系までの広大な裾野に、「富士山」の全体を見るには1kmほど先の「城山」の斜面に登ってみなければだめだ。
前夜「三島駅」から列車でほろ酔い気分で帰宅する時に、箱根の山にかかっていた明るい大きな満月が、明日の朝にはきっと富士山の側に沈むはずだ。そうだ!もしあの月が富士山頂に沈めば「パール富士」がみられるぞ、と期待して早起きした。
朝6:40、日の出の真っ赤な陽光を受けて「赤富士」が見事だった。銀色の満月は「HOWスキー場」のある「水ケ塚」のあたりに沈みかけていた。「金時山」か「足柄峠」のあたりに行けば「パール富士」が見られたのかも・・・。
中学生NI君は「分詞」を勉強した。Sleeping dog(眠っている犬)Broken glass(割れたコップ)のように、分詞は形容詞のように名詞のすぐ前におけばいいのだけれど、「そこに眠っている犬」なら dog sleeping there、「彼女が割ったコップ」なら glass broken by herのように、2語以上で修飾するときには名詞の後に「後置」しないといけない。「エジソンが発明した電話は人々の暮らしをかえた。」は The telephone invented by Edison changed people’s life. のように、「エジソンに発明された」が「電話」の後に「埋め込み」されていることに注意。後半は「動名詞-ing」が何度も登場する長文、「コンピュ−ターの昔と今」を全訳した。
数の計算をする機械「コンピューター」の仕組みは、本来「電気がつく・つかない」の2択の仕組みで、10進法の数字を2進法(0と1だけ使う)に置き換えるという単純なもの。しかし「真空管」を使う初期の機械は巨大なもので、高校の教室を一部屋占領してしまほど大きかったのはつい40年前のこと。私は島田商業高校で「情報処理科」の生徒たちと一緒にコンピューターの仕組みを勉強したのが懐かしい。たしか「フォートラン」とかいったなあ。
それが今ではパソコンになり、電卓になり、スマホのサイズにまで小さくなった。今では「蜘蛛の巣」(ウェブ)のように世界のコンピューターがネットワークでつながった。今日の長文はとても興味深い内容でNI君はほぼ正確にしっかりと和訳できたね。 尾上
(追記)数年前、「ダイヤモンド富士」を追いかけてよく日没前の「山中湖」に出かけたものだ。夕陽が富士山頂に落ちるときダイヤモンドのような輝きを一瞬放ってそれが湖面にも反射する。その趣味が高じてこんどは、ネットのブログに投稿されている「パール富士」の写真を見てみた。空気の澄んだ冬の朝、日の出と共に西の空に沈んでいく満月が富士山の頂上に落ちていく姿はまるで「真珠」のようで美しい。
その前夜は三島駅前の「居酒屋」でいつものトレッキングの仲間たち3人と乾杯した。「飲み会」だけでも参加できて本当によかった。東京・千葉・横浜から「三島駅」に集まった学友たちは、私の「ドタキャン」の連絡に驚いた。しかし私の作ったプランに従って「伊豆長岡」の山登りと立ち寄り温泉を楽しんで、「伊豆箱根線」で三島駅に戻ってきたのだ。
車を使って移動しガイド役をする予定だった私は、実は前夜からの突然の「積雪」のために脱出不可能になったのだ。東名高速が終日通行止めだったのも珍しいこと。きっと一般道も大渋滞だろうし、スリップが恐ろしいからこういう日は運転しないことにしている。そこで御殿場線が午後は運行してたので、「三島駅」まで電車で行き夕方の「反省会」だけには参加できた、というわけ。
11日(土)は全国的に雪の予報ばかりだったのに伊豆は絶好の山日和で、長岡の「葛城山」から見た富士山と「発端丈山」からの三津の海岸の絶景を堪能して、3人ともニコニコ顔で東京に帰っていった。また二ヶ月後の再会を誓って。









