「沖縄旅行、美ら海水族館」
40年ぶりの沖縄旅行だった。今回の目的は家内の昔からの要望で「美ら海水族館」で泳ぐ巨大なマンタ。有名な「ジャイアントマンタ」は昨年秋に地元の漁師の網に引っかかって、巨大水槽で展示されたけど飼育がなかなか難しかったようだ。数か月で終わって現在は展示されていなくて残念だったが、代わりにもっと小さなマンタや巨大なジンベイザメが悠然と泳ぐ姿、大きな口を開けてエサを飲みこむ様子を見て驚いた。
前回の沖縄旅行は1980年の春休みで、沖縄民謡の本物を現地で聞いてみたいという思いから。その年の吹奏楽コンクール課題曲4曲の中から選んだのが服部公一作曲の「南の島から」で、沖縄民謡をモチーフにして「はああーあ!」と、掛け声も入った楽しい曲だった。その前年に赴任した御殿場南高校で私が「吹奏楽部」の顧問・指揮者を夢中になってやっていた頃のこと・・・。
3年生のMAさんは前回「乗客がどうなったかについてはいまだ情報はない。」が難しかった。There is no information yetのあと、「〜について」にas toを使うと、as to what has become of the passengers.今日は「夢とは?」を和訳した。Some dreams may be unreal and seem to make little sense, and others may be so real and clear that we are not sure that we are dreaming. 「非現実的でほとんど意味不明の夢もあるし、夢を見ているとは信じられないほど現実的ではっきりしている夢もある。」で、so〜that・・を「・・・するほど〜だ」と程度を強調する和訳がいいね。
YAさんは前回「原因・理由」の表現を勉強した。「今日私があるのはあなたの支援のおかげだ。」は、動詞のoweでI owe A to B(AはBのおかげだ。)といえばいい。「今日の私の姿」はwhat I amだからI owe what I am to your support.今日は101構文シリーズの最後の構文で「全文修飾の副詞」をやった。「明治大」の和訳でHowever, just doing what is expected of you may not be enough to attract the attention of your supeiors and get promoted to a high position in the company. 「しかし、期待されていることをやるだけでは、上司の注意を引いたり会社で高い地位に昇進したりするのには十分でないかもしれない。」 Just doing〜 may not be enough〜.が骨になっている。
三島教室のTAさんも出席した。代名詞のsome〜,others〜の構文では「〜する人もいるし〜する人もいる。」という和訳を覚えておきたい。To buy a book is one thing, and to read is another.も直訳しないで、「本を買うことと読むことは別のことだ。」のようにまとめて解釈しよう。つまり、「買ったからといって必ず読むとは限らない。」の意味。
2年生のSU君は前回「話法の書き換え」をやった。I asked him what he was talking about.(彼に何について話しているのか尋ねた。)を「直接話法」で言い換えると、I said to him,” What are you talking about?”といえばいい。今日は「関係詞」の用法を勉強した。代名詞のhe、she、they をwhoに置き換えることで直前の名詞(先行詞)を修飾できるから2文を1文にまとめる重要な表現だ。一方、物事のit やtheyはwhichで置き換えればいい。
ADさんは前回seem to〜(〜のようだ、〜と思われる)を勉強した。He seems to be rich.は「今、金持ちのようだ」で、He seems to have been rich.は「昔金持ちだったようだ。」と区別しよう。今日は「不定詞」の副詞的用法が5通りもあると勉強した。特にI studied very hard, only to fail the examination.では後半が「結果」を意味するから。but I failed the examination.の意味なんだ。
OB君は短文で「リサイクルの重要性」を和訳した。Some people〜, and others〜.のような「代名詞」に注意して、「何人かの人は」と訳すと少数の人と間違えるでしょ。数万人かも知れないよ。全体を何種類かに分ける言い方なので、「〜する人もいるし、〜する人もいる」と和訳しよう。数量をはっきりさせないことだね。今日は「時制の一致と話法」を勉強した。「間接話法」に書き変える時には時制の一致の影響で動詞の語形変化に注意しないといけないのだ。 尾上
(追記)太平洋戦争で壊滅的な被害を受けてアメリカに占領された沖縄県が、米国の管理から離れて本土復帰したのは1972年だから、戦後30年近くほぼ一世代分を要した。1963〜67年の私の大学時代には同じオーケストラに沖縄出身の女子学生がいて、日本への留学生だという米国のパスポートを見せてもらったことがある。「那覇」の街は自動車が右側通行だし紙幣もドルだと話してくれた。私の最初の訪問はその復帰後8年目だからやっと米国の影響が薄らいできた頃だった。
前回は旅行社の団体ツアーだったから有名な観光地というより、島南部の「ひめゆりの塔」や「バンザイ岬」など戦争の傷跡を訪ねて歩く「慰霊の訪問団」のようなイメージだった。島の人たちの生活を体験しようと、ナマの「沖縄民謡」を酒場で聞きながら強い「泡盛」も飲んでみた。水のような舌触りでグイグイっと飲むと大変なことに、酔いが回って立ち上がれなくなって困った。ホテルで地元のテレビ番組を見ると、沖縄方言でコントをやっていた。セリフが全く分からず標準語の「字幕」がついていて不思議な気がした。(次回に続く)









