「エベレストの初の女性」
御殿場市東山の「旧岸邸」では今月、2016年に亡くなった女性登山家「田部井淳子」の回顧展をやっている。特にその「トークイベント」が先日企画されたので行ってみた。日米安保闘争で退陣した岸信介元首相の「終の棲家」で素晴らしい日本建築と閑静なお庭が評判だ。和菓子の「とらや工房」がその庭園を半分譲り受けて、和風の喫茶室を開いて最近ブームを呼んでいる。
その奥座敷に集まった田部井ファンは限定50人。当日雨なら行ってみようと、油断して予約していなかった私は偶然のキャンセルのおかげでやっと入場できた。参加できて本当によかったよ。40歳の長男・進也氏が母親の所持品や登山靴を見せながら、司会者や参加者と対話するという形で講演会は進行した。1975年、エベレストに女性で初登頂した時の記念写真がこれだ・・・。
高校ではいよいよ3学期の授業も終わるころで、今週・来週はどこも「期末テスト」が始まる。今日の「UG会」はほぼ全員が試験対策に集中していた。試験が終わった後は「卒業式」と「高校入試」があって20日頃には「春休み」になる。大学入試も「私立大学」が慶応、早稲田でほぼすべて終わり、来週25日にはいよいよ「国公立前期」の入試が始まる。一日一日が目まぐるしく過ぎていく季節だね。「UG会」も新年度に向かってレベルアップしていかないと。
2年生MAさんは前回「仮定法」の並べ替えで、「もし券が売り切れたと知っていたら家にいたのに。」の動詞が難しかった。If I had been informed that the ticket was sold out, I would have stayed home.「〜た」に注意すれば前半は「昔」のことだから「過去完了形」、後半も「昔」のことだからwouldの後を「完了形」にしないといけない。
TAさんは前回「仮定法」でIt it were not for〜(〜が今なければ)とIf it had not been for〜(その時〜がなかったならば)の特殊なイディオムが難しかったね。一語でWithout〜と言えば簡単だけどなかなか覚えにくい。今日は期末試験の対策で「使役動詞」と「知覚動詞」の用法を復習した。
1年生OB君は前回「数量・程度」の英作文をやった。動詞の「かかる」には2つあって、「時間がかかる」ならtakeで、It took me an hour and a quarter to solve this problem,(私がこの問題を解くのに1時間15分かかった。)。一方「お金がかかる」ならcostで、It will cost you 500 dollars to repair the car.(あなたが車を直すには500ドルかかるよ。)のようになる。今日は期末試験の対策で、「関係詞」の中でもwhateverやwhoeverなどの用法を勉強した。
SU君は今日「話法」を勉強した。ある人の話を他の人に伝える方法には2つあって、そのセリフをそのまま伝える「直接話法」と、内容を自分の言葉で言い換えて伝える「間接話法」がある。その書き換え練習をたくさんやってみた。今日の一回でほぼ全体が理解できたようだ。
YAさんは前回、長文で「日米の生活ペースの違い」を読んだ。下線部訳の問題で難しかったのは、I wonder if you have asked and answered for yourself the significant question; which of the two shores is which? I wonder if SVは独りごとで「〜かな?」に相当する。接続詞のifは「もし〜なら」のほかにwhetherと同じ「間接疑問文」を導く働き(〜かどうか)があるよ。「太平洋の東の岸(米国)と西の岸(日本)のうちのどちらがどちらなの、という大事な質問を自問自答したんじゃないかな?」 尾上
(追記)その最高の写真は、狭い不安定な山頂でカメラに不慣れなシェルパに撮ってもらった奇跡の一枚だそうだ。淳子さんは世界の最高峰エベレストの登頂に成功した初の女性だけでなく、7大陸のすべての最高峰を征服した最初の人でもある。病弱でスポーツが苦手だった少女が成人して「登山大好き」になった。結婚前に「谷川岳」の魔の「一の倉沢」にも登っているというからもともと素質はあったんだろうけどね。
淳子さんは福島県三春町の出身で、特に8年前の「東日本大震災」以降、近親者を失った東北の若者たちを心配し元気と勇気を与えようと、高校生の「富士登山」を企画して2012年夏から毎年実行してきた。会津で旅館を経営していて被災した長男の進也さんは、母親の亡きあと遺志をついでこのプロジェクトの「基金」を立ち上げ、昨年も100人近くの高校生を招待し引率している。
休憩時間に「富士山」の形をした特製の白い和菓子が参加者全員に配られ、私も感慨深くおいしくいただいた。「とらや工房」の職人がこの日のために創作したお菓子だった。講演終了後、登山服や写真や書簡などの展示品を見て回った。淳子さんが持ち帰ったエベレスト8848mの山頂の小石を握らせてもらってまたまた感動した。もとは海底だったというけれど富士山の2倍以上の高さだからね。黒光りして鉄平石のように重たく冷たかった。
