高校英語UG会 三島・裾野・御殿場

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日本の幸福度は世界の54番目
日本の幸福度は世界の54番目
2024年2月29日(木)
「平塚市美術館」
 先週は大学の後輩芦川さんが平塚駅前で洋菓子店「葦」を経営し大成功しているお話をしました。さらに小田原から横浜まで東海道線の沿線駅や小田急線の主要駅にも支店を広げて洋菓子やパンの販売を伸ばしている。24日訪問の時お土産に頂いたマドレーヌはとても美味しかったし、会長のお勧めで買ったチーズパイが評判通りすばらしかった。あれから4日後の今日、天気も良いので家内の希望で一緒に再訪することにした。50キロは東名を走れば1時間足らずの近距離で湘南の海岸を快適に走った。平塚駅西口の正面という好立地で1階の喫茶は満席。その2階の「龍園」という評判の中華料理のレストランに入って会長さんにもご挨拶。注文した「ふかひれラーメン」に感激した。うまかったよ!
 平塚市は湘南の中心にあって東海道の宿場だった。昔、大好きな洋画家「三岸節子」の特別展に来たことを思い出して立ち寄ってみることにした。人口26万人の大都市で「美術館」と「博物館」がある。晩年、隣の大磯にアトリエを構え大胆な構図と色彩感で大好きな油絵がたくさんある。たまたま展示替えで大きな企画展はなかったが、正面の階段上に「船越保武」の女性の彫刻が立ち、館内にも「佐藤忠良」や「淀井敏夫」など著名な彫刻家の素晴らしい作品を見ることができた・・・
 
 MUさんは25、26日「広島大学」の前期入試で広島市に行ってきた。今日は後期試験も広島大を受験するので昨年の問題をやってみた。「国連調査によると、日本の幸福度は世界の54番目」の書き出しで、下線部のWhy does a prosperous nation known for its third greatest gross domestic product rank so low〜?を和訳せよ、の問題だ。長い主語に苦労するね。「世界第3位のGDPで知られた豊かな国がなぜそんなに地位が低いのか・・・」が難しかった。動詞のdoes rankが見抜けないといけない。国民総生産GDPも初めてだったかな?prosperousも動詞のprosper(栄える)の形容詞だとわかれば訳せたのに。もう一つ、問題文にはandがたくさん使ってあって難しかった。改めてA and A'のルールに気を付けよう。英語の構文ではそれが一番難しいんだ!14日の後期試験までに自慢のヴォキャブラリを復活させ、読解力を高めておこう。過去問の徹底研究が勝利につながるはずだよ。
 UG会出身で10年前上智大に進学した安田恭子さんがMUさんの高校で英語を教えていると今日わかった。懐かしい人が意外に市内にいて嬉しい。その校長先生ももう一人の英語の先生も私が沼津東高校で英語を教えたんだって。 尾上
2024/02/29 (Thu) 22:51


アメリカ演奏旅行
アメリカ演奏旅行
2024年2月26日(月)
「湘南平のサクラ」
 ミゾレが降って昨日は寒い一日だったね。今朝は久々の青空で書斎の窓から「紅富士」がくっきりと。篭坂峠を越えて「新倉山」に咲くセリバオウレンを見に行ってみようかな。。。「菜種梅雨」というような雨か曇りの毎日が続いたけど、一昨日はちょっと晴れたので白くなった御殿場を下りて湘南の海を見に行った。10年ぶりに「湘南平」山頂の駐車場に来たら3連休で大賑わい。桜がもう八分咲きで美しく、見下ろすと松並木の東海道、平塚・大磯・二宮の湘南海岸、家々の屋根瓦が反射しその向こうに光る相模灘と伊豆の山々。さあ、コンビニで買ったカルビ弁当を食べようか。
 山を下って平塚駅に行き、西口駅前の洋菓子店「葦」をさがした。会長の芦川浩さんとインタビューするアポをとってあったので2時にぴったりお店に着いた。ネクタイと背広、やさしい笑顔の紳士が出迎えてくれた。同窓会の万年幹事で自称仕切り屋の私は、母校「東京外語大」の最新の同窓会報に載ったその平塚の洋菓子店の広告を見て、ロシア語科の4年後輩が意外に身近な町で珍しい職業で成功していることに驚いた。直接お会いして話を聞いてみると、山梨県南部町(なんと偶然にも私の実弟夫婦が「佐野川温泉」を経営している町)出身の父上がこの菓子店の創業者で、外語大を出てから家業をついだとのこと。フランス洋菓子とロシア語との結びつきは全くなかったが、70年代大学紛争の時代の苦労や会社の階段転落の致命的な大けがの話など、予定の1時間があっという間にすぎていった・・・

 昨日と今日は国公立大学の前期入試。MUさんは広島大、OK君は東北大の受験に出かけた。二人とも大いに実力を出し切れたと信じています。雪が積もって会場へのアクセスも大変だったでしょう。
 今日は先週に続いて「吹奏楽と私」のお話の13回目です。2001年の春休み、私は沼津東高校の吹奏楽部員32名を引率して米国演奏旅行に出発した。前年夏の吹奏楽コンクールで東海大会に出場し金賞を獲得したご褒美、「東高創立100周年」の記念行事の一環として、沼津市と姉妹都市のミシガン州カラマズー市との文化交流に派遣されることになった。教頭先生と生徒課長、姉妹都市協会長の中村房子さんも同行してくれた。地元の3つの高校の体育館で「北海大漁歌」など3回のコンサート、受賞曲のA Remembranceを日米の高校生合同で演奏した。
 特筆したいのは、ゲストにNY州シラキュースからその作曲者のエリオット・デル・ボルゴ氏をお招きし、自作の名曲「シンフォニック・スケッチ」(1984)を指揮していただいたこと。訪問した高校の全校生徒から大きな拍手と歓声をいただいた。すでに故人となられたが別荘のあるフロリダでもご夫妻にお会いして私にも忘れえぬ思い出となった。生徒たちはカラマズー市で3泊4日のホームステイを体験し、帰途には大都会ニューヨークに立ち寄った。「自由の女神像」を訪れバスで市内観光し、ロングラン・ミュージカル「オペラ座の怪人」を鑑賞、胸を熱くして帰国したのだった。 尾上
2024/02/26 (Mon) 23:30


25日はいよいよ国公立大学前期
25日はいよいよ国公立大学前期
2024年2月22日(木)
「四谷見附橋」
 19日は小雨降る東京へ。大学の同窓仲間6人の昼食会が新宿の高層ビルで計画されたので集合前にウォーキングすることにした。昨秋の皇居一周トレッキングで仲間と歩いた「半蔵門」で友人水野君と待ち合わせ。ここからは国道20号線、長野県諏訪湖で「中山道」に合流する昔の「甲州街道」だ。右に「南アフリカ共和国大使館」、左に下着の「ワコール」のビルがそびえる。麹町一丁目から新宿に向かって傘を差しながらビルの谷間を歩いていく。六丁目に来ると橋の向こうが「四ツ谷駅」だ。JR線路をまたぐ「四谷見附橋」は1913年にかけ替えのフランス風クラシックな彫刻と白いランプの橋だ。
 小学生の頃は東京の高円寺に住んでいて、新宿西口から一人都電(路面電車)に乗りかえこの甲州街道を「日比谷公園」まで行き、会社帰りの祖父にデパート屋上の遊園地に連れて行ってもらうのが楽しみだったなあ。そうだ、この道は大学生の頃も歩いたぞ。仲良しの従姉妹と二人で新宿まで。。。さて、左手にSophia Univ.の文字「上智大学」の高層の校舎が見えてきたよ。昔の外堀だった堤に上がって遊歩道から大学正門と「聖イグナチオ教会」の瀟洒な建物を展望する。この校舎で開催された英語学会に出席したこともあったなあ。UG会の優秀な卒業生が何人もここに進学したよ。13年安田恭子さん、15年山本梨那さん、16年武内友里恵さん、21年山本和奈さん・・・

 いよいよ3日後に国公立大学前期試験がある。3年生は二人とも追い込みにかかっているはずだ。しっかり今までの成果を発揮してほしい。
 MUさんは「広島大」の過去問に取り組んだ。グラフや図表を読み取り、内容を分析し英語で解説する問題はなかなか難しい。書かれた数値を記述するだけでなく、その増減の原因を推測しないといけない。しかし単なる私見でもかまわない。要はひとまとまりの英文を構成する力が問われているだけだから、こういう問題に慣れておくことが大事だ。 尾上
2024/02/22 (Thu) 22:46


AtsushiーA Remembrance
AtsushiーA Remembrance
2024年2月15日(木)
「指揮者小澤征爾」
 世界のマエストロ・オザワが88才で亡くなった、残念無念。肺炎で命を縮めたがまだまだ活躍してほしかった。歯科医師の三男として中国の奉天の生まれだが、中学の頃はすぐ隣の松田町に住んで小田急線で「新松田」から「成城学園」に通学していたそうだ。私が高校生の頃、小澤は「桐朋学園短大」を出て単身スクーターに乗りギターをかかえて貨物船で渡欧し、指揮者の登竜門のコンクールに挑戦しているうちに名指揮者カラヤンと出会った。その後も名だたる名指揮者たちと親交を結び世界中の名門オーケストラを率いて世界のオザワとして絶賛を浴びたのは周知の通りです。
 1984年から今も毎年松本市で開催されている「サイトウキネン・フェステイバル」は小沢征爾が提唱し、音楽指導者「斎藤秀雄」の門下生100人が世界から結集して恩師の追悼記念コンサートをやったのが始まりだった。斎藤秀雄は名著「指揮法教程」を書きバイオリン教室の「斎藤メソッド」で有名で、私が島商時代に学んだ指揮法も「斎藤メソッド」だった。力学や運動の法則に基づいた単純明快な指揮法だった。小澤征爾もあの秋山和慶も「斎藤メソッド」の薫陶を受けた名指揮者であることを知ると自分も同じ門下生のような・・・

 私大入試の関係で11日(日)を13日(火)に変更しておいたUG会は、3年生が2人とも欠席したので報告することがありません。今日は昨年まで裾野教室があった木曜日なので、前回に続いて「吹奏楽と私」についてお話しします。その12回目です。
 オーストラリア遠征の2年半後、1999年2月12日は我が家にとって痛恨極まりない日となった。米国東部プリンストン市に住む次男がブルームバーグ社の勤務帰り、自身が運転する車に道路わきの朽ちた大木が強風で倒れて激突し即死したのだった。道路を管理するNJ州知事も陸運局長も会見で非を認め謝罪してくれたがその喪失感は25年たった今もますます強くなるばかり。東京の大学を出てオハイオ州立大学の院に学びニューヨークに活躍の場を見つけた次男敦のために私たちは「追悼の曲」を吹奏楽で残そうと思い立った。米国シカゴのバンドクリニック訪問の際に知己を得た人気の作曲家エリオット・デル・ボルゴ氏にさっそくメールで依頼し快諾を得た。
 間もなく「書きあげましたよ!」という知らせに、私は家内と米国NY州北部のシラキュース空港に飛びエリオット夫妻の住む自宅を訪問し、イタリア系の明るい笑顔の小柄なエリオット氏に迎えられた。五大湖のほとりのライラックの香りに包まれた瀟洒なお宅に泊めていただいた。委嘱作品は「アツシ・ア・リメンブランス」(敦のおもかげ)のタイトルで氏の考案だった。彼の書斎でピアノ演奏していただき、美しくも力強い響きに感銘を受けた。沼津東高のバンドの編成に合わせて吹奏楽コンクールに演奏できるように依頼したものだったから生徒の力が十分生かせて、2000年の夏のコンクールでは東部大会1位、県大会金賞で東海大会にも駒を進め見事「金賞」を射止めたのだった。 尾上
2024/02/15 (Thu) 0:13


オーストラリア演奏旅行
オーストラリア演奏旅行
2024年2月11日(日)
「山形市郷土館」
 蔵王温泉で雪見の露天風呂を味わい、ロープウエイの山頂ではスノーモンスターのライトアップに自然の力の不思議さを味わった。翌朝は山を下りて山形市内を観光することにした。駅から近くに「霞城」(かじょう)があるというので雪で白い道を歩いて行った。戦国時代に武将の最上義光が強大な力をもって仙台の伊達政宗と覇を競った城郭だった。お濠と石垣の美しい「二の丸南大手門」から入り博物館と郷土館があったので立ち寄ってみた。そこは三層のオレンジ色の洋風建築で、明治12年市立病院の「済生館」だった木造の優美な建物だった。内科・外科の診察室や待合室が円形の雪の中庭に面して並んで、最上階の展望台に通じる「螺旋階段」も美しく当時にしては珍しいものだった・・・

 今日はいつもの日曜日ですが生徒たちの私立大学入試と重なるのでUG会は13日に変更しました。それで「吹奏楽と私」についてお話しします。その11回目です。
 沼津東高の顧問になってすぐ「静岡県吹奏楽連盟」の東部理事長に推挙された。翌年1996年は吹連創立35年の節目なので、3度目の海外遠征で吹奏楽部の生徒たちに広く世界を見させてあげよう、と今回はオーストラリアが候補地となった。航空便がシンガポール経由なのでそこの高校生とも親睦を深め、シドニーではあの白亜のオペラハウスでのコンサート、藤枝市と姉妹都市「ペンリス」での地元との合同演奏会、メルボルン近郊のリゾート地「フランクストン」(裾野と姉妹都市)では参加生徒103人のホームステイをお願いすることができた。それはすべて理事の中で英語が堪能の私に白羽の矢が当たり、家内同伴で前年夏に下見の旅行に出かけたのであった。 尾上
2024/02/11 (Sun) 10:56


「逃がした魚は大きい」
「逃がした魚は大きい」
2024年2月8日(木)
「蔵王のスノーモンスター」
 山形市は初めて来た。大宮駅から新幹線「つばさ」で2時間半、あっという間で周囲は銀世界だった。「蔵王温泉スキー場」には午後2時に着いた。さっそくロープウエイで「蔵王連峰」の一つ「地蔵山」1736mの山頂駅へ。たくさんの観光客が集まって楽し気な話し声や叫び声を聞くとたいてい中国語だ。ここには「トドマツ」の森が広がりそれが雪や氷に包まれてスノーモンスターが生れる。今年はまだ雪が少なめで怪物というよりスリムな人間や動物の姿に似ているなあ。マイナス10℃の世界は久しぶりに寒い!夕暮れになって駅のレストランに逃げ込んでビールを飲んでいると窓の外ではライトアップが始まった。赤・青・黄色にほんのり色づいたモンスターたちを一度は見てみたいと思ってやっと念願が・・・

 3年生のMUさんはいよいよ私立大の入試が始まるので今夜は8時で終了した。文法ではshould+have+〜ed(〜すればよかったのに)で「非難」や「後悔」を表す表現を復習した。魚釣りの場面の英文で、”You should have seen the one that got away!”(あの逃げたやつを見れば良かったのに)は 「逃がした魚は大きい」という諺をおもいだすね。さらに「隣の芝生は青い」という英語の諺”The grass is always greener on the other side of the fence.”を思い出させる英文を和訳した。Even on our own tree the best apples seem to be high up and out of our reach. And this doesn’t apply only to apples. Anything we can’t get seems to be better than what we have.「自分のうちの木の場合でも、一番おいしいリンゴは高くて手が届かないところにあると思われる。そして、このことはリンゴだけに当てはまるわけではない。手に入らないものはなんでも既に持っているものよりいいものに思われるのだ。」 尾上
2024/02/08 (Thu) 0:10


沼津東高吹奏楽部
沼津東高吹奏楽部
2024年2月4日(日)
「箱根神社の節分祭」
 今日は立春!昨日は節分でしたね。箱根神社で3年ぶり完全復活した「節分祭」が見たくて芦ノ湖に行った。湖上に突き出た赤い平和鳥居までくると大勢の人々と急な石の階段を登っていく。本殿前の広場に紅白幕が張られてそこに数百人の観客を引き入れて3年ぶりの「追儺式」(ついなしき)が始まった。赤鬼青鬼が舞台にあがると坂田の金時(金太郎)が弓矢を放ち「鬼は外!」と叫んでは豆を投げつける。退治した後は宮司さんによる「天下泰平!いやさか!」の発声に「節分祭」の参列者や一般見物人たちも皆バンザイして唱和して終了。
 いや、まだ続いたんだ。鬼たちがまだ芦ノ湖で暴れているという情報で、昼食後「節分祭」の参列者は遊覧船に移動し船の上から鬼退治だ。宮司や金時たちも湖岸の「平和鳥居」まで降りてきて豆をまく。水上スキーで飛び回る鬼たちに向かって「鬼は外!」。鬼がすべて退散した後は、白装束に烏帽子姿の神官が湖面をお祓いして走り回る。これも水上スキーで片手でもなかなか上手に・・・

 今日はいつもの日曜日ですが生徒たちの私立大学入試と重なるのでUG会は7日に変更しました。それで「吹奏楽と私」についてお話しします。その10回目です。
 50才になってやっと転勤の機会がやってきた。それは26年前、県の採用試験で希望を聞かれたときに第一希望にあげた「沼津東高校」だった。長泉町本宿の自分の生家に一番近い高校で名門の誉れ高かったからやっと希望がかなった。部活は早速「吹奏楽部」を担当したが、生徒たちの自治意識が強く顧問と指揮者は別の存在だと考えているらしい。本校卒業生で武蔵野音大を出てプロのホルン演奏家だった「並木博美」さんが月に数回来校しては指導していた。しかしその夏のコンクールでは入賞出来なかったせいか、秋になって部長の生徒が「尾上先生、指揮やりたいですか?」と聞いてきた。私は素直に「うん、やりたい!」と答えた。その時から東高吹奏楽部の指導が始まった。 尾上
2024/02/04 (Sun) 1:01


ルール「カンマカンマをカッコにいれる」
ルール「カンマカンマをカッコにいれる」
2024年2月1日(木)
「富士山は不死の山」
 富士吉田市新倉の「福源寺」に行ってみた。山門の向こうに鎮座する豪壮な本殿にまず感動した。左手「枯山水」の前庭には鐘撞堂と聖徳太子ゆかりの「六角堂」、太子が訪れてここで描いた自画像が納められているという。右手には石碑「鶴塚」。鶴に姿を変えて空に舞い上がったという「徐福」伝説に基づく。徐福は紀元前2世紀頃の渡来人。秦の始皇帝の廷臣で「不老不死」の妙薬を探せとの命を受け東方の国日本に渡って来た。富士山にも来たようで「不死」と音が似ているから「富士」の名の起源説の一つになっている。ここ富士吉田は古来機織りの町で特に絹織物の評価が高い。その織物の技術を初めて伝えたのが徐福ということで、近くには機神社が祀られている・・・

 昨日は水曜日でしたが、生徒からの要望があって特別に補講をやりました。また、2月に入っていよいよ私大入試が始まり、25日には国公立二次がありますので、生徒たちと調整の上でUG会の日程変更をしました。
 2月4日⇒7日(水) 11日⇒13日(火) 18日⇒22日(木)
 25日⇒28日(水) 3月3日⇒6日(水) 10日⇒14日(木)
 17日⇒20日(水) 24日、31日はいつもの日曜日です。
 UG会のブログ日記もその実施日と日曜日に投稿します。
 3年生のMUさんは長文で「ホッキョクグマは生き残れるか?」を読んだ。内容を問う設問にはすべて正解だったね。下線部訳で難しかったのはThe bears live almost entirely on floating ice that packs together to create vast expanses separated by small areas of open water that they swim across. 「クマたちはほぼ完全に浮かんだ氷の上で暮らしているのだが、その氷は一つに固まって広い氷の広場を作り、そこは泳いで渡れるような狭い場所の海水で隔てられている。」のように2つの関係代名詞thatで3つの文がつながり、なおかつseparatedがexpansesを修飾しているね。それぞれを独立文としてうまく接続させながら和訳してみるとよかったね。
 OK君は「現代科学者の業績」を和訳した。But also by their means, let us not forget, men have been enabled to destroy each other on a scale undreamt of in former ages. 「でもその業績を用いて人間はさらに、昔なら夢にも思わなかったほど大規模にお互いを殺し合うこともできるようになった、ということをわすれないようにしましょう。」ここで読解のルール、「カンマカンマをカッコにいれる」を覚えている?そう、let us not forgetは文頭で言うべき文が割り込んでいるんだね。undreamt of(夢に見られない)はwhich isの省略と見ればいい。dreamtは過去分詞dreamedと同じだ。。。1945年、第二次世界大戦のさなかに原子爆弾を完成させたアメリカの科学者オッペンハイマーが思い起こされる。昨年映画化されて今年日本でも公開されるらしいよ。唯一の被爆被害者の日本人には上映に反対する人も多いらしいが、、 尾上
2024/02/01 (Thu) 22:01


「否定」の特殊構文
「否定」の特殊構文
2024年1月28日(日)
御殿場市民会館にて
「シモバシラに花」
 朝晩がひどく冷えるようになって、ポリタンクに入った「富士山の湧水」が家の外だと凍ってしまう。それで思いついて「秩父宮記念公園」に行ってみた。この時期に花は期待できないけれど、夏には白い花を咲かせるシソ科の植物「シモバシラ」という名の草がその根元に真っ白な氷の花を咲かせるんだ。じつは根から吸い上げた水が、茎の割れ目からしみだして凍る時の自然の造形なんだ。まさに霜柱だよね。さて、散歩がてら期待せずにもう少し園内をまわってみたら、林の中になんと!ミスミソウ(別名ユキワリソウ)が2株、ピンクと紫色が咲きだしているよ!真っ白なスノードロップもいっぱい吹き出して、春の訪れが予想以上に早い!
 昨日「金時山」登山の帰り道、トンネルを抜けた「乙女峠」でバスを降りて歩き始めた。真冬の寒風の中で緑の葉が落ちたツルの先端に、透き通った宝石ルビーのような赤い実がいっぱいついていた。漢字で書けば「鵯上戸」。「上戸」は「下戸」の反対で「大酒飲み」のこと。ヒヨドリが大いに好み食べるらしいのでこの名がついたそうだ。しかし美味しそうなこのナスの仲間(?)の実がたくさん生き残っているのは有毒だからだ。ヒヨドリはそれでも食べるのか。カラスのように大きな灰色の野鳥で、我が家の庭にもときどき飛来してはほかの小鳥たちを追い払う。雑食性でもあるからよく「ギャング」とも呼んでいるね・・・

  今日はOK君一人だけの授業になった。「否定」の特殊な構文をやった。Not until last night did we get any news about the accident.「昨夜になって始めてその事故の知らせが入った」。をSVで始まる普通の文に戻してごらん。We did not get〜until last night.(昨夜まで〜が入らなかった)だね。「昨夜になってから」を強調して文頭に出したのでSVが「倒置」されていることに注意しよう。あるいは、文頭に出すのでなくIt is 〜that・・、例の「強調構文」でも言い換えられるね。It was not until last night that we got the news about the accident.のように。
 もうひとつ、not〜before・・の構文も復習しておこう。I had not gone very far before it began to rain.は直訳でもいいが、後半に主眼を置いて「あまり行かないうちに雨が降り出した」 の訳が好まれる。このnotを準否定のhardlyやscarcely (ほとんど〜ない)に置き換えて、She had hardly been in America for a month before she died.はどうだろう?明確に否定できないから、「アメリカに行って1か月経つか経たぬうちに彼女は死んだ。」と和訳するといい。ちなみに、冒頭のように「否定語句」を文頭に移動して強調すると、Hardly had she been in America〜before・・のように「倒置構文」になりよく見かける英文だね。 
 お休みした人のために今週31日(水曜日)に補講をやることにした。私立大の入試も近いので参加してください。 尾上
2024/01/28 (Sun) 23:43


初のアメリカ旅行
初のアメリカ旅行
2024年1月25日(木)
「早咲きのアタミザクラ」
 今朝は寒い朝、外気は0℃だった。温暖な海辺に行きたくなって、家内をデイサービスに送ってから熱海に向かった。熱海峠のトンネルを抜けて長い急坂を下ると来宮の「熱海梅園」の横に出た。車窓から見ると紅梅・白梅がもう満開で「梅まつり」に観光客が朝から集まり始めている。それよりお目当ては桜、日本一早咲きという「アタミザクラ」を見に市役所近くの「糸川」に行った。急流の両岸に植えた数十本の桜の古木には薄紅色の花びらが明るい日差しをあびて咲き誇り、ほらもう満開に近いよ。これは沖縄の寒緋桜の仲間らしく有名な「河津ザクラ」より1か月も早いが意外と知られていない。樹の上で花芽を突っついている小鳥の群れはホオジロかな。
 さてと、花見よりも今日は山登りだった。「岩戸山」734mに登りたいので登山口の「姫の沢公園」まで上ってきて駐車した。5年前にできたという木造の良い香りのビジターセンターを見学してハイキングコースに出発。樹林の中をジグザグにぐんぐん登る。野鳥の森を越えるとほぼ山頂の「日金山・東光寺」に着いた。本堂をのぞくと暗闇に半跏の地蔵菩薩が祀られている。湯河原の泉地区から渓流沿いにここまで登るのは信者の修験道。終点42丁目の石碑が立っている。相模灘を展望する鐘撞堂でゴーンと鐘を衝いたら先に進もう。ゴールの「岩戸山」まであと30分、山頂から熱海の市街地と伊豆半島の海岸線、伊豆七島は大島・利島の先どこまで見えるかな・・・

 今日は木曜日で「裾野教室」の日ですが昨年4月以来休止しているので、「吹奏楽と私」についてお話しします。先月末以来ですが今日はその9回目。
 「御殿場南高校」には15年も勤務していた。その8年目の1987年、そろそろ「韮山高校」か「三島北高」に転勤を希望していたのになかなか難しい。2人の年子の息子たちが沼津の私立暁秀中学を卒業して、なんと私の勤務している高校に連続して入学してきたものだから一大事だった。彼らのいない学年に配属してもらって授業や試験にかかわらないように工夫しないといけない。しかし放課後の部活は次男が陸上部なので校内で出会うことはなかったが、長男は音楽大好き、ギターは米国製だったから同じ吹奏楽部に入部しコントラバスと指揮を担当した。3月の定期演奏会「雪どけコンサート」では指揮を親子交替でやったものだ。
 1988年の冬、米国シカゴへ旅行することになった。東京の音楽出版社「ミュージックエイト」が「バンドクリニック世界大会(吹奏楽指導者研究会)」の参加希望を募っていたので応募した。初の米国旅行でいい機会なので家内同伴で東部の2都市もオプション計画に入れてシカゴで合流することにして先に出発した。ニューヨークは市内観光や船で自由の女神像を訪問した後、長距離列車「アムトラック」でボストンへ。念願の「ハーバード大学」とMIT(マサチューセッツ工科大学)のキャンパスを訪問した。それぞれ言語学の特別講座で1966、67年に来日し私も学生として学んだ世界最高峰R・ヤコブソン博士とN・チョムスキー博士が教鞭をとっている大学なので感激したよ。尾上
2024/01/25 (Thu) 21:27


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