「9・11から20年」
前回裾野教室のYAさんが和訳した英文でBush, President of the United States, decided to start the bombing. 「米国大統領のブッシュは(アフガニスタンの)爆撃開始を決定した。」というのがあって、「同格のカンマ」の勉強だったけれど実にタイムリーな例文に巡り会ったものだ。そう、生徒の皆さんは9・11のあった2001年にはまだ生まれていなかったけれど、ご両親や学校や報道などで見たり聞いたりしているよね。
ニューヨークとワシントンで旅客機のハイジャックによる「同時多発テロ」がおこって、3千人もの死者や2万5千人もの負傷者を出したあの悲惨な事件からちょうど昨日で20年になる。多くの戦死者と多額の戦費を犠牲にして米国の最も長い戦争と言われたが、バイデン大統領になってやっとアフガニスタンから撤退し、米国はアルカイダ反政府軍との戦争を終結させることになった。しかしその後に残された問題は山積みで・・・
3年生のSI君は前回「山口大」の英文で「テクノロジーからサイエンスへ」を読んだ。How much of a step beyond is another matter. 「テクノロジーを越えて(サイエンスに至る)一歩がどれくらいのものかがもう一つの問題だ。」は難しかったね。今日は関係詞whatを使う英文を和訳した。「一橋大」のEvery man has the capacity to make his life what it needs to be for him to have a reasonable amount of peace in it. でwhatの働きが難しかった。for〜以下は「彼が自分の生活でほどほどの平安を手に入れるために」の意味。what it needs to beの関係詞whatが「姿」の意味だと分かれば、「自分の生活をその必要な姿にするだけの能力を誰でも持っている」。これはMy father has made me what I am. (今の私の姿は父のおかげだ)と同じ文型でしょ。
1年生MUさんは前回英文で「英国のかかりつけ医」を読んだ。The letters GP stand for General Practitioner. 「GPという文字は一般開業医を表す」、つまりstand forは「〜の頭文字」という意味で一語ならrepresentでもいい。今日は「完了形」がテーマで英作文を5題やった。「私は自動車を運転してほとんど30年になる」はsince(〜以来)を使えば「現在完了形」でIt has been about thirty years since I began to drive a car. といえるけど、時間のIt が主語だからIt is〜でもよい。あるいは「〜が経った」の意味でThirty years have passed〜もいいね。「30年間運転を続けている」と言いかえればI have been driving a car for thirty years. もいい表現だ。
2年生のWAさんは前回「分詞」を使った英文が難しかった。Children hear a language spoken around them and learn to speak it. 「子供は一つの言語が自分の周りで話されるのを聞いてそれが話せるようになる」の意味。感覚動詞のseeやhearはSVOCの文型で使われて「〜の様子を見る、聞く」の意味だ。。learn to〜もcome to〜やget to〜のように「〜するようになる」の意味。今日から「動詞・形容詞」を使うイデイオム構文を始めた。The Channel separates Great Britain from France. (ドーバー海峡はイギリスをフランスと分けている)は、Adam and Eve did not know good from evil. (アダムとイヴは善と悪の区別を知らなかった)と同様に、distinguish A from Bやtell A from Bのような「AをBと区別する」の意味の構文だ。 尾上
(追記)9・11のことは学校でどんなふうに教えられているのかな。20年前はお父さんお母さんもまだ若くて結婚して君たちが生まれる前のことだね。私の2人の息子たちも1971年、72年生まれだからきっとご両親と同じ年代だ。長男は横浜国立大学を出て東芝に就職したけど、海外に活躍の場を求めてニューヨークに渡り住友銀行系の「日本総研」というシンクタンクに採用され、あのツインタワーの川向こうのオフィスに勤務していた。いわゆる「2000年問題」でPCの誤作動の対策をしていた頃のことだ。
その長男はすんでのところであの崩壊した「貿易センタービル」(ツインタワー)の真下にある地下鉄の乗換駅でガレキに埋もれてしまったかもしれない。その日の朝、いつもより遅い出勤だったのが明暗を分けたのだ。ブルックリンのアパートに電話をしてその声を聴くまで私は生きた心地がしなかった。テレビを見ていなかった長男は、「どうしたの?今地下鉄に乗ろうとしたら駅のシャッターが閉まっていて帰ってきたところなんだ・・」と、目と鼻の先の大事件なのに何も知らない。ホッとして涙が出たよ。









