「自然ガイドデビュー」
「篭坂峠」を越えて富士吉田の「富士山科学研究所」に着いた。今日はいよいよ「自然解説員」としてデビューする日。研究所の周囲の森を訪問者に案内する「ガイドウォーク」の今年度企画の初日に当番になった。30人以上が登録している中で、10年以上のキャリアをもつという荒さんと広田さん、二人のベテランに支えられ、その案内ぶりを午前中は参考にして、いよいよ午後1時の回に私のガイドデビューとなった。甲府から尋ねてきたという女性3人を45分間案内することになった。アカマツの林の中の生態園を一周しながら、樹木や溶岩、野鳥、コウモリ、草花などの解説をするのだがそれがなかなか難しいんだな。
背の高いアカマツの林の中には、ソヨゴ、アオダモ、ウリカエデなどの灌木に名札がついている。「そこの枝にぶら下がった麻袋はなんですか?」ー(私)「ある動物がここに潜り込むんですが、さてなんでしょう?そう、コウモリですね。木の葉の傘の中に潜る習性を利用して研究員がコウモリの生態を観察しています。」と答えた。薄暗い林の中にはピンクのミツバツツジが華やかさを添え、足元にヒトリシズカとチゴユリをみつけた。「夏にはミヤマウズラという小さなラン科の花が一杯咲きますよ。羽を広げた白いヒヨコのような姿でとてもかわいい。またぜひおいでください・・・
しばらくは「裾野教室」の授業のない木曜日もブログを続けたいと思います。「英語」にまつわる個人的エピソードを中心に半世紀前を振り返ってみます。
「英語教師 なりはじめ〜3」
吉原高校で始まった新米教師の7か月は瞬く間に過ぎた。翌年になると母校の東京外国語大学に学年末試験で一日戻って、必須科目の「教育心理学」の単位を習得し、晴れて東京都から「高校英語教員」の免許がもらえた。3月末の離任式で悲しい挨拶することになったが、「講師」から正式に「教諭」の資格になり、昭和43年4月新採用の高校に赴任することになった。そこは東伊豆町の「稲取高校」で、熱海から旧国鉄「伊東線」と出来立ての鉄道「伊豆急行」を乗り継いで伊豆半島の東海岸をかなり南下した港町「稲取」にある県立高校だった。
稲取高校の教員は20才代の若い独身者が過半数で、生徒との年齢差も小さいからまるで大学生活の延長のようで、新人の研修所のような楽しい毎日だった。ここでも教科の英語のほかに英語部の顧問を任されて、秋の文化祭では日本の民話を題材にした木下順二の「夕鶴」Twilight Craneをやることに決まった。大学時代のシナリオを入手して練習を始めた。主役の「つう」の木村まりの他に男子の部員がたくさんいて、夫の「よひょう」には鳥沢勇が適任だった。「うんず」「そうど」も前田や梅沢を配した。文化祭前日には体育館の舞台練習がおそくまでかかり、結局学校に泊まることになった。本番の舞台は生徒たちの迫真の演技に、観客の中には涙を流すお年寄りもいたそうだ。英語がつうじたのかな。 尾上









