「北アルプス キヌガサソウ」
名前も美しいキヌガサソウ、北アルプスで久しぶりに会えたよ!漢字なら衣笠とか絹笠とも書いて古代の貴人が外出の時に、背後からさしかけた笠(傘蓋)のこと。花は50センチくらいの背丈で、雨の日は傘の代わりになりそうな大きな葉6〜10枚が輪状に広がりその中央に真っ白な花が一つ。葉と同じ数の真っ白な花びらは実は顎片で、花弁は細くて目立たないんだ。2010年、大学の同窓で横浜に住む青山君と、山頂の「ウルップソウ」が見たくて二人で白馬岳(2932m)に登った。有名な「大雪渓」にさあ登るぞという時、「白馬尻小屋」の裏でこのキヌガサソウを発見して初めての大型の花に大感激した。数えてみたら200株の大群落!
日本の「三大雪渓」はもう一つ「針ノ木岳」(2821m)にあるんだ。最近そこにもキヌガサソウが咲くと知って、信州大町の扇沢のホテルに前泊して登ってみたよ。トロリーバスの「扇沢駅」は昔家族で「黒四ダム」観光に行ったときに乗り換えた駅。そこから未踏の登山コースに分け入って2時間ほど、ゴゼンタチバナやエンレイソウの青い実を見ながら「大雪渓」が始まる「大沢小屋」(1670m)まで雨の中を傘さして登って行った。するとその小屋の周りに咲いていたよ20株くらい。しかし今年の異常気象でもう薄緑色に変わっていたので「小屋」の人に聞いたらもう一か所の群落が近くで見つかり、7株だけどそれはまだ白色に近くて美しかった。13年ぶりに再会できたよ、キヌガサソウ!!・・・
しばらくは「裾野教室」の授業のない木曜日もブログを続けたいと思います。「教育」にまつわる個人的エピソードを中心に半世紀前を振り返ってみます。
「英語教師 なりはじめ〜13」
伊豆の「稲取高校」に赴任して2年目、昭和44年の12月に26才で私はロシア語の教え子だった埼玉県の女性と結婚し、伊豆急行「稲取」駅前の職員寮で二人の生活を始めた。後に「校長住宅」に引っ越しできたが、そこは小さな漁港を見おろす木造のあばら家で、朝になると雨戸の節穴から一筋の光が差し込む貧しい新婚生活だった。買い物は街中のスーパー「ヤオハン」で済ませたが、教え子たちが家内の買い物についてきて「先生の今日のおかずは?」と鵜の目鷹の目だったとか。港の鮮魚店に行くと魚は切り身ではなくてたいてい一尾買い。店の前に停泊している船から上げて樽に突っ込んである魚を町民は選んで買うのだ。タチウオがまだ生きてて、手をかまれた人もいるよ。
寮にお風呂はないから二人で近所の銭湯「ちどり湯」へ行った。「南こうせつとかぐや姫」のヒット曲「神田川」のような世界だね。そこの息子も豆腐屋の娘も、稲取で一番のホテルの一人娘もみな教え子たちだ。昭和36年の「伊豆急行」の鉄道敷設まではオレンジ色の「東海バス」が未舗装の土埃を巻き上げて伊東から下田まで海岸線を走っていた時代だから絶海の孤島のような土地の稲取高校は東伊豆町の最高学府だったのだ。土地が狭くて野球部もブラスバンドもないけれどレスリング部が全国大会で優勝するし、千葉大にも静大にも合格する優秀な生徒もいて玉石混交の愉快な漁村の高校だったなあ。 尾上









