「草原のコオニユリ」
台風の余波が収まって青空が見えたので、ひさびさに山梨県忍野村の「高座山」に登った、というより草原を歩いた。この山からは村落の向こうに壮大な富士山を展望でき、斜面で広大なススキを育成しているから草花の宝庫なんだ。いつもより早い秋の訪れで、背丈より高いススキの「やぶ漕ぎ」をしながらお目当てのヒナノキンチャクを求めて登って行った。今日は「秋の七草」をぜーんぶ見つけたよ。白い薄(尾花ともいう)やピンク色の萩と撫子と藤袴の花、紫色の葛と桔梗、黄色の女郎花。
この七つの秋の花を、ハギ・クズ・キキョウ・オミナエシ、、ナデシコ・ススキ・フジバカマ、、と七五調に並べてみた。かなり覚えやすいでしょ。今日のお目当てはやはりラン科の花。東側の「杓子山」登山口に回ってみたら、アオフタバラン(青二葉蘭)とハクウンラン(白雲蘭)が林の暗がりに一面に咲いていて感激したよ。淡いピンク色のミヤマウズラ(深山鶉)のつぼみも数本。もうじき小鳥のような白い羽をひろげそう・・・
「夏期講習」が今日はお休みなので、久しぶりに「教育」にまつわる個人的エピソードを中心に半世紀前を振り返ってみます。
「英語教師 なりはじめ〜15」
私たちが結婚した翌年1970年の夏休み、新婚旅行にソ連のシベリアを選んだ。妻は私がロシア語を家庭教師で教えた生徒だったからね。航空便がまだ開設前だったので、横浜の大桟橋から乗船した「バイカル号」は太平洋岸を北上し、青森県の津軽海峡を抜けて2日後にシベリアの貿易港ナホトカに接岸した。そこからは夜行列車でハバロフスクに行きさらに飛行機でイルクーツクに着いた。その晩は市内の劇場でロッシーニのオペラ「セビリアの理髪師」を珍しいロシア語版で楽しんだ。翌日世界一深いという「バイカル湖」を訪問しその冷たい湖水に足を浸し、特産の魚オームリを味わったよ。
バイカル湖から流れ出た水はアンガラ川となって北上し「ブラーツク発電所」のダムに注ぐんだ。私たちのツアーはさらに小さなプロペラ機で新しい町ブラーツクに行き、貯木場や製紙工場を見学しソ連のシベリア開拓の姿を見ることができた。かつては敗戦後シベリアに抑留されたおおぜいの日本軍兵士の捕虜たちがシベリア鉄道の建設に酷使された地域だ。最近評判になった映画「ラーゲリより愛をこめて」の舞台だね。冬はツンドラ(凍土)のためスコップも歯が立たない。世界最大の水力発電所見学では、ガイド役のロシア人学生の日本語がたどたどしいので私が通訳を買って出たよ。 尾上









