「神戸メリケンパーク」
今回の関西旅行は20日に計画された母校・宝塚中学の同窓会出席のためだった。家内も同伴してマイカーで新東名・新名神の高速を走って5時間、途中東大阪の「司馬遼太郎記念館」に立ち寄ったので神戸には17時に着いた。神戸港の埋立地に建つ36階建ての「ホテルオークラ」は素晴らしい展望で港の全景と「六甲山」の山並を望む。夕食の中華を食べていると窓外の「メリケンパーク」では記念花火大会が開催されて思いがけず得をした。明日はいよいよ宝塚だ。13才のころ2年間住んだ町を65年ぶりに訪れ幼なじみに会えるんだ。早起きして神戸駅前の元町や中華街を一回りしてみよう。「平清盛」が開いた福原の都も探してみたい。
食後、ホテルの外に散歩に出ると街灯やカフェのイルミネーションで明るい「メリケン波止場」には夜遊びする多くの子供たちや恋人たちの姿。岸壁にはBE KOBEという文字のモニュメントが明るく浮き出て「神戸」の新しいシンボルだという。「神戸になれ!」とはどういう意味?クラーク博士のBoys, be ambitious! から発想したのかな?18年前の「阪神淡路大震災」の後で市民から募集したというがどうも変な和製英語だ!明治41年(1908)神戸からブラジルに向かって出航した初の移民家族の像が建っていた。彼らを輸送した「笠戸丸」の案内板を見ると、De Kobe para o Mundoとポルトガル語で書いてある。英語ならFrom Kobe to the Worldだ。このポルトガル語のDe(〜から)を英語のBe(〜になれ)と勘違いしたのかな・・・
今日は木曜日。「裾野教室」の日ですが今年4月以来しばらく休止しているので、「言語学と私」についてお話しします。今日はその5回目。
進路の話では、ロシア語の石山教授から「住友商事に君を推薦したいがどう?」と打診されたとき、即座に「父が商社マンで苦労したのを知ってるので辞退します」とお答えした。卒業を半年後に控えたのにまだ進路が決まらない。外語大で大学院が発足すると聞いて「スラブ語研究」に級友2人と共に志願した。しかしのんびり構えていたせいか、上智大など他大学からも受験者があって私ともう一人ははじかれた!さあ、困った。教職単位がほぼ取れてるので以前に考えた高校教員を目指そうか。外語大に聴講生の制度があって卒業生が不足の単位を取得することができると知って、教員採用試験に必須のあと1科目「心理学」の単位を取るために大学に残ることに決めた。
7月に生まれ故郷の静岡県、10月に東京都が採用試験をやるというので両方に志願することにした。昭和42年3月に大学卒業、浪人生活が始まり渋谷での「理論言語学セミナー」は2年目になった。7月には米国ハーバード大学のローマン・ヤコブセン教授が来日。言語学集中講座が三宅坂で5日間開催され出席した。構造主義の「音韻理論」で有名な学者で日本語の和歌にも造詣が深かった。そして、7月末に静岡県教員採用試験が実施された。8月末まだ合格通知が来ないうちに「吉原高校」の浦辺校長から、「9月1日からすぐ勤務してほしい」との突然の電話。教師人生はとつぜん吉原高校(今は富士市吉原)から始まった。 尾上









