高校英語UG会 三島・裾野・御殿場

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PCを駆使してネット通信、Eメール
PCを駆使してネット通信、Eメール
2024年3月17日(日)
「エベレスト登頂」
 2015年、米英合作の映画「エベレスト3D]をレンタルビデオで観た。8848mの世界の最高峰エベレスト。ここに登頂した最初の日本女性は有名な「田部井淳子」さんで1975年のことだったが、2番目の女性が「難波康子」さんであるとこの映画で初めて知った。1996年、ニュージーランドの商業登山ツアーに参加して山頂を目指した。職場に身を置くアマチュア登山家ですべて自費で計画し、ヨーロッパ大陸のモンブランから始めていよいよ「7大陸最高峰制覇」の最後の難関だった。まずネパールに入って1か月以上の訓練を経て5月10日とうとう山頂に立ったのだ。彼女が小さな日の丸の旗を山頂のケルンにさす瞬間は胸を熱くした。
 しかし商業ツアーの難点は、参加者の実力がまちまちで隊長の指令に従わない者が出る。各自6百万〜1千万円近くの参加費を払ってくるから、天候にかかわらずあえて山頂をめざして無理をすることだ。1996年のこの日は午後から悪天候になり下山が遅れ日も暮れて、結果隊長も含めて多くの登山者が遭難し亡くなるという大事故になった。難波さんもキャンプまであと数百メートル手前で倒れ、翌日凍死しているのが発見された。47才の若さだった。「なぜ山に登る?」に登山家G・マロリーは答えた。Because it’s there. (そこに山があるから)・・・

 今日もMUさん一人の授業になった。先週に続いてTOEICの模擬問題を30題ほどやってみた。ビジネスの世界で、企業や消費者が利用しているeメールやネット情報を読み取る力を試す問題だ。合格した国学院大学では、英語授業のクラス分けテストをTOEICをネット通信して実施するそうだ。辞書を使ったり先生に教わったりする学生も出そうな気がするが、時代が変わったね。パンデミックのせいで大学では2〜3年対面授業ができなかったからますますあらゆるプロセスがデジタル化したのだ。
 たとえば衣料メーカーの広告では、商品の種類やブランド名などの一覧表だけでなく、小さな備考欄にも注意してなにかヒントを見つけて設問に答えないといけないから疲れる。大問を5題も解いていると目が疲れ頭もボーッとしてくる。コンピューター用語もclickやsite、submitなど日頃からPCやスマホの英語に慣れていないと読み取れない。EメールもFrom、To、Subjectなどの項目にすぐ目が行くようにしないといけない。将来企業や公的機関に就職するにも必ず求められる能力だ。 尾上
2024/03/17 (Sun) 23:34


英語力を磨こう!
英語力を磨こう!
2024年3月14日(木)
「トンボ池」
 箱根の「湿生花園」が今週末やっとオープンする。真っ先に駆けつけて咲きだした「ミズバショウ」を見たいと思う。昔、大学の仲間と7月に群馬県の尾瀬に行って見たミズバショウはすでに巨大な葉の中に緑の茎が残っているだけだった。あの白い花は花弁じゃなくて苞だけど実に美しいよね。それが家から車で20分の仙石原「湿生花園」で見られのは実にうれしい。以前もっと近くでもミズバショウが見られる場所がないか、と全国ネットで探したことがある。すると山梨県のほかに静岡県にも1ケ所だけあった!それも御殿場市の「トンボ池」だって!
 そろそろミズバショウが咲きだしたかな、と期待して昨日富士霊園の帰り道「あまだ里山」に立ち寄ってみた。御殿場線と東名高速がクロスする鮎沢川の渓谷に「トンボ池」がある。断崖から細い滝の水が池に注いで花々や昆虫たちの桃源郷だ。ムーミン谷かな?滝の上に階段で上がると長細い湿地帯があってここは昔田んぼだった所らしい。6面の田に1100本のミズバショウが青い葉を一面に突き出して、よく見るともう白い苞が2,3見つかった。この深沢地区の有志の人たちが、群馬県片品村の尾瀬が原から移植して丹精込めて育てたもの、と立札には書いてある・・・
 
 MUさんは先日の後期試験で大学入試がすべて終わったので、入学後まず実施されるというTOEIC検定の対策をやってみた。今日はヒアリング100問は割愛して、そのあとの語彙・文法・読解問題70問をやってみた。すべて解答は4択だがかなりの英語力が求められて難問だ。しかしMUさん、語彙力に自信ありほとんどに正解が出せた。
 大学に入学するとどの学部であろうと語学が必須で、英語のほかにもう一か国語を選択させる大学も多い。もし更に大学院に進学したい時は外国語の試験を2つ受けないといけない。卒業前の採用試験でも外国語能力を試験する会社が多いんだよ。TOEFL(トーフル)が米国留学の条件になるのに対してTOEIC(トーイック)は社会人やビジネス世界での英語力を証明するもので大学の英語授業のクラス分けなどに利用されている。UG会卒業まであと2回、TOEICで英語力を磨いておこう。 尾上
2024/03/14 (Thu) 23:49


大学入学までも英語力を維持しよう
大学入学までも英語力を維持しよう
2024年3月10日(日)
「ミモザと国際婦人デー」
 私が昨年10月からボランティアで講師を始めた御殿場市の「生涯学習教室」は月1回土曜日の開催だが、参加者4人(高齢の女性たち)はLINEグループでいつでも連絡しあうことができとても役立っている。「英字新聞を読もう!」という教室で、主に「ジャパンタイムズ」やアメリカで一番購読者の多いタブロイド紙「USA TODAY」を扱っている。前者は御殿場駅の売店で買えるし(NY Timesとセットで300円)、御殿場市立図書館でも毎日唯一閲覧できる英字新聞だ。先日はまた図書館の新聞でRecognizing the vocabulary surrounding International Women’s Dayという記事を見つけたのでコピーを皆さんにLINEで送って読んでもらった。
 「国際婦人デーにまつわる語彙をおぼえよう」という見出しで、「性差別、夫婦別姓や賃金格差で日本は世界146カ国中で125番目、、、」という。「国際婦人デー」は、半世紀前に女性の差別撤廃や地位向上を訴える世界の国々のアピールを踏まえて、1975年「国連」が3月8日をその日と定めた。各国で男性が女性に花を贈る習慣がうまれ、イタリアでは早春の華やかな黄色いミモザが好まれている。日本ではまだまだ認知度が低くその代わり、14日が「ホワイトデー」の名で始まったビジネス仕掛けのお祭りで、「バレンタインデー」のお返しに男性が女性にお菓子などをお返しする風習が定着しつつある。私の大好きな花ミモザが御殿場「時の栖」のキャンプ広場に咲き始めたよ・・・  

 3年生でもう卒業式の終わったMUさんは、国立大学前期に失敗したので後期試験を12日に控えて最後の追い込みにかかっている。今日はその過去問をすこしやってみた。和訳の力は十分あるから心配ないが、要約がなかなか難しいね。大阪大の英文「自然保護と経済のバランス」もやってみた。MUさんは1年生の時に英検で準1級に合格している。その英語力はこれから大学や就職試験などでどこでもおおいに発揮できるし高く評価されるはずだ。法律学の学士、修士を目指して頑張ってください。
 合格してから大学の授業が始まるまでの1か月で、油断すると英語の力はみるみる落ちていく。せっかくのレベルを維持するため「UG会」は例年TOEICの英語検定を目標に授業を続けている。次回は14日(木)に変更。しばらくその後も入学や転居で忙しくなるので17日(日)、19日(火)に変更しました。あと3回頑張りましょう。 尾上
2024/03/11 (Mon) 0:02


国公立大学前期試験の合格発表
国公立大学前期試験の合格発表
2024年3月7日(木)
「富士山世界遺産センター」
 富士山に雪がだいぶ降ったおかげで、先週は「御殿場口・太郎坊」と須走の「ふじあざみライン」でソリすべりを楽しんだ。一般車が侵入できない季節、自衛隊の訓練トラックが踏んだ「わだち」が格好のそり用ゲレンデになるんだ。子供っぽい遊びだけど冬期オリンピックで見かけるボブスレーの爽快な気分にちょっとなれるよ。特に雪の降った3・4日後、昼間溶けて夜間に凍った道路がアイスバーンになったほうが良く滑る。今日は富士山の北側にまわって、吉田登山道の「中の茶屋」から雪上車のキャタピラの跡が続いている林道を登って行ってそり滑りを開始した。傾斜がゆるいとすぐ止まってしまうが、そんな時には2本のストックで船のように漕げばいい。年をとっても子供心は健在だ!
 午後は「富士スバルライン」入口の「世界遺産センター」に立ち寄った。昔の「河口湖ビジターセンター」が、2013年富士山が「世界文化遺産」に登録されたのを機にリニューアルした。特に旧来の「北館」の隣に新たに「南館」が増築されたと聞いて期待していたよ。エントランスの1階には富士山信仰の歴史が展示され、2階に上がると巨大な傘のように富士山の模型がホール一杯に裾野を広げている。スクリーンに投射される噴火の映像や「吉田の火祭」、季節ごとの富士山の景色に合わせてその大きな模型を様々な色彩の光で染め上げる。赤・青・緑・黄色そして雪山の白と面白い。外国人のツアーが到着し階段を上がってきた・・・
 
 昨日はMUさんが休み、OK君が久しぶりに出席して「助動詞+have+-ed」の用法の一つ「昔の事柄の推量」をやった。Attempts to keep animals may have occurred before the end of the Ice Age.(動物を飼う試みは氷河期が終わる以前に生じたのかもしれない)でmayが推量を意味する。トナカイが人間の尿に集まることから、People learned that if salt was provided the reindeer would come to them and eventually be domesticated. (もし塩をやればトナカイは人間に近づいてきて、最後には家畜になるだろうと人間は知った)。このandはcomeとbe〜が原形動詞で並列しているね。
 昨日6日から国公立大学前期試験の合格発表が始まった。MUさん、OK君ともに合格を祈っていますが、時の運もありダメなら後期試験が一週間後の14日だ。まだまが頑張るチャンスがある。もう1年勉強して学力を伸ばし希望の大学を目指すのもいい。保護者の同意が前提だが本当のやる気を見せればいい。私の経験からいえば浪人時代は収穫がすごく大きかった。学力だけでなく人生経験でもかけがえのない18,19才となったよ。学問を続けたいならまだ大学院があるし、よい就職先が目標なら大学で1,2年留年する仲間もたくさんいた。人生は自分で決めるのであわてる必要ないよ。 尾上
2024/03/07 (Thu) 21:42


「リメンブランス」楽譜出版
「リメンブランス」楽譜出版
2024年3月3日(日)
「モータースポーツ博物館」
 今日は3月3日「桃の節句」だね。息子たちの眠る小山町の「富士霊園」に今日も墓参に行った。標高が800mくらいあるから見上げる三国山はまだ残雪で真っ白だ。競技大会が開催される日曜や祝日はよく霊園のすぐ下の「富士スピードウエイ」からにぎやかな爆音が響いて上ってくる。そこに1年半前高級ホテルができた。そのレストランの新聞広告を見たので帰り道に立ち寄ってみた。玄関の案内はインドネシア人、愛想のいい娘さんで日本語が堪能。入ると「ハイアット」の系列ホテルで、1,2階が「スポーツカー博物館」になってたくさんのスポーツカーが展示され、ロンドン・パリ世界一周レースで優勝したフランスのクラシックカーが真っ赤な車体で美しく輝いていた。次に来たら展望レストランでランチを頂いてみよう・・・

今日は先週に続いて「吹奏楽と私」のお話の14回目、いよいよ最終回です。
 2000年、コンクール東海大会で金賞受賞の栄誉を得た吹奏楽曲Atsushi A Remembranceは翌年、沼津東高の「創立100周年記念」の定期演奏会や直後のアメリカ遠征演奏旅行でも披露できた。次男敦の思い出として作曲していただいた曲をできれば世界中でいつまでも演奏してほしいと願って私はその楽譜をA Remembranceの名で出版することにした。それで作曲者のデル・ボルゴ氏を通じてアメリカのテキサス州サンアントニオ市にある著名な出版社「サザン・ミュージック社」に交渉した。その曲は2002年にめでたく出版され日本でも東京の「ミュージック・エイト社」の取次で輸入販売されている。その曲の解説文も私が書いた。
 13年ぶりに訪問したサンアントニオ市は「アラモ砦」で有名、アメリカ最南端の美しい町で真冬でも秋のような温かさ。市内を一周する運河には遊覧船が走り、夕暮れにライトアップすると河岸のホテルや遊歩道「リバーウォーク」を行く人々が船に向かって手を振る。そこには1988年の「吹奏楽視察ツアー」の時に訪問したことのある大きな楽譜出版社があった。私の持つ著作権を会社に寄付するかたちで決着し、社長と会長一家の夕食会に夫婦で歓待を受けメキシコのタコス料理を初めて味わった。サザンM社はデモ用のCDも制作したがそれにはあの東高のコンクールの演奏をそのまま用いてくれた。さらに長男の友人YO君が7年前YouTubeにアップロードしてくれたので良ければ聞いてみてください。https://www.youtube.com/watch?v=ikrSeH1r_AA 
 2004年3月、私の定年退職と共に吹奏楽連盟からも引退したので「吹奏楽と私」はこれでおしまいです。 尾上
2024/03/03 (Sun) 22:29


日本の幸福度は世界の54番目
日本の幸福度は世界の54番目
2024年2月29日(木)
「平塚市美術館」
 先週は大学の後輩芦川さんが平塚駅前で洋菓子店「葦」を経営し大成功しているお話をしました。さらに小田原から横浜まで東海道線の沿線駅や小田急線の主要駅にも支店を広げて洋菓子やパンの販売を伸ばしている。24日訪問の時お土産に頂いたマドレーヌはとても美味しかったし、会長のお勧めで買ったチーズパイが評判通りすばらしかった。あれから4日後の今日、天気も良いので家内の希望で一緒に再訪することにした。50キロは東名を走れば1時間足らずの近距離で湘南の海岸を快適に走った。平塚駅西口の正面という好立地で1階の喫茶は満席。その2階の「龍園」という評判の中華料理のレストランに入って会長さんにもご挨拶。注文した「ふかひれラーメン」に感激した。うまかったよ!
 平塚市は湘南の中心にあって東海道の宿場だった。昔、大好きな洋画家「三岸節子」の特別展に来たことを思い出して立ち寄ってみることにした。人口26万人の大都市で「美術館」と「博物館」がある。晩年、隣の大磯にアトリエを構え大胆な構図と色彩感で大好きな油絵がたくさんある。たまたま展示替えで大きな企画展はなかったが、正面の階段上に「船越保武」の女性の彫刻が立ち、館内にも「佐藤忠良」や「淀井敏夫」など著名な彫刻家の素晴らしい作品を見ることができた・・・
 
 MUさんは25、26日「広島大学」の前期入試で広島市に行ってきた。今日は後期試験も広島大を受験するので昨年の問題をやってみた。「国連調査によると、日本の幸福度は世界の54番目」の書き出しで、下線部のWhy does a prosperous nation known for its third greatest gross domestic product rank so low〜?を和訳せよ、の問題だ。長い主語に苦労するね。「世界第3位のGDPで知られた豊かな国がなぜそんなに地位が低いのか・・・」が難しかった。動詞のdoes rankが見抜けないといけない。国民総生産GDPも初めてだったかな?prosperousも動詞のprosper(栄える)の形容詞だとわかれば訳せたのに。もう一つ、問題文にはandがたくさん使ってあって難しかった。改めてA and A'のルールに気を付けよう。英語の構文ではそれが一番難しいんだ!14日の後期試験までに自慢のヴォキャブラリを復活させ、読解力を高めておこう。過去問の徹底研究が勝利につながるはずだよ。
 UG会出身で10年前上智大に進学した安田恭子さんがMUさんの高校で英語を教えていると今日わかった。懐かしい人が意外に市内にいて嬉しい。その校長先生ももう一人の英語の先生も私が沼津東高校で英語を教えたんだって。 尾上
2024/02/29 (Thu) 22:51


アメリカ演奏旅行
アメリカ演奏旅行
2024年2月26日(月)
「湘南平のサクラ」
 ミゾレが降って昨日は寒い一日だったね。今朝は久々の青空で書斎の窓から「紅富士」がくっきりと。篭坂峠を越えて「新倉山」に咲くセリバオウレンを見に行ってみようかな。。。「菜種梅雨」というような雨か曇りの毎日が続いたけど、一昨日はちょっと晴れたので白くなった御殿場を下りて湘南の海を見に行った。10年ぶりに「湘南平」山頂の駐車場に来たら3連休で大賑わい。桜がもう八分咲きで美しく、見下ろすと松並木の東海道、平塚・大磯・二宮の湘南海岸、家々の屋根瓦が反射しその向こうに光る相模灘と伊豆の山々。さあ、コンビニで買ったカルビ弁当を食べようか。
 山を下って平塚駅に行き、西口駅前の洋菓子店「葦」をさがした。会長の芦川浩さんとインタビューするアポをとってあったので2時にぴったりお店に着いた。ネクタイと背広、やさしい笑顔の紳士が出迎えてくれた。同窓会の万年幹事で自称仕切り屋の私は、母校「東京外語大」の最新の同窓会報に載ったその平塚の洋菓子店の広告を見て、ロシア語科の4年後輩が意外に身近な町で珍しい職業で成功していることに驚いた。直接お会いして話を聞いてみると、山梨県南部町(なんと偶然にも私の実弟夫婦が「佐野川温泉」を経営している町)出身の父上がこの菓子店の創業者で、外語大を出てから家業をついだとのこと。フランス洋菓子とロシア語との結びつきは全くなかったが、70年代大学紛争の時代の苦労や会社の階段転落の致命的な大けがの話など、予定の1時間があっという間にすぎていった・・・

 昨日と今日は国公立大学の前期入試。MUさんは広島大、OK君は東北大の受験に出かけた。二人とも大いに実力を出し切れたと信じています。雪が積もって会場へのアクセスも大変だったでしょう。
 今日は先週に続いて「吹奏楽と私」のお話の13回目です。2001年の春休み、私は沼津東高校の吹奏楽部員32名を引率して米国演奏旅行に出発した。前年夏の吹奏楽コンクールで東海大会に出場し金賞を獲得したご褒美、「東高創立100周年」の記念行事の一環として、沼津市と姉妹都市のミシガン州カラマズー市との文化交流に派遣されることになった。教頭先生と生徒課長、姉妹都市協会長の中村房子さんも同行してくれた。地元の3つの高校の体育館で「北海大漁歌」など3回のコンサート、受賞曲のA Remembranceを日米の高校生合同で演奏した。
 特筆したいのは、ゲストにNY州シラキュースからその作曲者のエリオット・デル・ボルゴ氏をお招きし、自作の名曲「シンフォニック・スケッチ」(1984)を指揮していただいたこと。訪問した高校の全校生徒から大きな拍手と歓声をいただいた。すでに故人となられたが別荘のあるフロリダでもご夫妻にお会いして私にも忘れえぬ思い出となった。生徒たちはカラマズー市で3泊4日のホームステイを体験し、帰途には大都会ニューヨークに立ち寄った。「自由の女神像」を訪れバスで市内観光し、ロングラン・ミュージカル「オペラ座の怪人」を鑑賞、胸を熱くして帰国したのだった。 尾上
2024/02/26 (Mon) 23:30


25日はいよいよ国公立大学前期
25日はいよいよ国公立大学前期
2024年2月22日(木)
「四谷見附橋」
 19日は小雨降る東京へ。大学の同窓仲間6人の昼食会が新宿の高層ビルで計画されたので集合前にウォーキングすることにした。昨秋の皇居一周トレッキングで仲間と歩いた「半蔵門」で友人水野君と待ち合わせ。ここからは国道20号線、長野県諏訪湖で「中山道」に合流する昔の「甲州街道」だ。右に「南アフリカ共和国大使館」、左に下着の「ワコール」のビルがそびえる。麹町一丁目から新宿に向かって傘を差しながらビルの谷間を歩いていく。六丁目に来ると橋の向こうが「四ツ谷駅」だ。JR線路をまたぐ「四谷見附橋」は1913年にかけ替えのフランス風クラシックな彫刻と白いランプの橋だ。
 小学生の頃は東京の高円寺に住んでいて、新宿西口から一人都電(路面電車)に乗りかえこの甲州街道を「日比谷公園」まで行き、会社帰りの祖父にデパート屋上の遊園地に連れて行ってもらうのが楽しみだったなあ。そうだ、この道は大学生の頃も歩いたぞ。仲良しの従姉妹と二人で新宿まで。。。さて、左手にSophia Univ.の文字「上智大学」の高層の校舎が見えてきたよ。昔の外堀だった堤に上がって遊歩道から大学正門と「聖イグナチオ教会」の瀟洒な建物を展望する。この校舎で開催された英語学会に出席したこともあったなあ。UG会の優秀な卒業生が何人もここに進学したよ。13年安田恭子さん、15年山本梨那さん、16年武内友里恵さん、21年山本和奈さん・・・

 いよいよ3日後に国公立大学前期試験がある。3年生は二人とも追い込みにかかっているはずだ。しっかり今までの成果を発揮してほしい。
 MUさんは「広島大」の過去問に取り組んだ。グラフや図表を読み取り、内容を分析し英語で解説する問題はなかなか難しい。書かれた数値を記述するだけでなく、その増減の原因を推測しないといけない。しかし単なる私見でもかまわない。要はひとまとまりの英文を構成する力が問われているだけだから、こういう問題に慣れておくことが大事だ。 尾上
2024/02/22 (Thu) 22:46


AtsushiーA Remembrance
AtsushiーA Remembrance
2024年2月15日(木)
「指揮者小澤征爾」
 世界のマエストロ・オザワが88才で亡くなった、残念無念。肺炎で命を縮めたがまだまだ活躍してほしかった。歯科医師の三男として中国の奉天の生まれだが、中学の頃はすぐ隣の松田町に住んで小田急線で「新松田」から「成城学園」に通学していたそうだ。私が高校生の頃、小澤は「桐朋学園短大」を出て単身スクーターに乗りギターをかかえて貨物船で渡欧し、指揮者の登竜門のコンクールに挑戦しているうちに名指揮者カラヤンと出会った。その後も名だたる名指揮者たちと親交を結び世界中の名門オーケストラを率いて世界のオザワとして絶賛を浴びたのは周知の通りです。
 1984年から今も毎年松本市で開催されている「サイトウキネン・フェステイバル」は小沢征爾が提唱し、音楽指導者「斎藤秀雄」の門下生100人が世界から結集して恩師の追悼記念コンサートをやったのが始まりだった。斎藤秀雄は名著「指揮法教程」を書きバイオリン教室の「斎藤メソッド」で有名で、私が島商時代に学んだ指揮法も「斎藤メソッド」だった。力学や運動の法則に基づいた単純明快な指揮法だった。小澤征爾もあの秋山和慶も「斎藤メソッド」の薫陶を受けた名指揮者であることを知ると自分も同じ門下生のような・・・

 私大入試の関係で11日(日)を13日(火)に変更しておいたUG会は、3年生が2人とも欠席したので報告することがありません。今日は昨年まで裾野教室があった木曜日なので、前回に続いて「吹奏楽と私」についてお話しします。その12回目です。
 オーストラリア遠征の2年半後、1999年2月12日は我が家にとって痛恨極まりない日となった。米国東部プリンストン市に住む次男がブルームバーグ社の勤務帰り、自身が運転する車に道路わきの朽ちた大木が強風で倒れて激突し即死したのだった。道路を管理するNJ州知事も陸運局長も会見で非を認め謝罪してくれたがその喪失感は25年たった今もますます強くなるばかり。東京の大学を出てオハイオ州立大学の院に学びニューヨークに活躍の場を見つけた次男敦のために私たちは「追悼の曲」を吹奏楽で残そうと思い立った。米国シカゴのバンドクリニック訪問の際に知己を得た人気の作曲家エリオット・デル・ボルゴ氏にさっそくメールで依頼し快諾を得た。
 間もなく「書きあげましたよ!」という知らせに、私は家内と米国NY州北部のシラキュース空港に飛びエリオット夫妻の住む自宅を訪問し、イタリア系の明るい笑顔の小柄なエリオット氏に迎えられた。五大湖のほとりのライラックの香りに包まれた瀟洒なお宅に泊めていただいた。委嘱作品は「アツシ・ア・リメンブランス」(敦のおもかげ)のタイトルで氏の考案だった。彼の書斎でピアノ演奏していただき、美しくも力強い響きに感銘を受けた。沼津東高のバンドの編成に合わせて吹奏楽コンクールに演奏できるように依頼したものだったから生徒の力が十分生かせて、2000年の夏のコンクールでは東部大会1位、県大会金賞で東海大会にも駒を進め見事「金賞」を射止めたのだった。 尾上
2024/02/15 (Thu) 0:13


オーストラリア演奏旅行
オーストラリア演奏旅行
2024年2月11日(日)
「山形市郷土館」
 蔵王温泉で雪見の露天風呂を味わい、ロープウエイの山頂ではスノーモンスターのライトアップに自然の力の不思議さを味わった。翌朝は山を下りて山形市内を観光することにした。駅から近くに「霞城」(かじょう)があるというので雪で白い道を歩いて行った。戦国時代に武将の最上義光が強大な力をもって仙台の伊達政宗と覇を競った城郭だった。お濠と石垣の美しい「二の丸南大手門」から入り博物館と郷土館があったので立ち寄ってみた。そこは三層のオレンジ色の洋風建築で、明治12年市立病院の「済生館」だった木造の優美な建物だった。内科・外科の診察室や待合室が円形の雪の中庭に面して並んで、最上階の展望台に通じる「螺旋階段」も美しく当時にしては珍しいものだった・・・

 今日はいつもの日曜日ですが生徒たちの私立大学入試と重なるのでUG会は13日に変更しました。それで「吹奏楽と私」についてお話しします。その11回目です。
 沼津東高の顧問になってすぐ「静岡県吹奏楽連盟」の東部理事長に推挙された。翌年1996年は吹連創立35年の節目なので、3度目の海外遠征で吹奏楽部の生徒たちに広く世界を見させてあげよう、と今回はオーストラリアが候補地となった。航空便がシンガポール経由なのでそこの高校生とも親睦を深め、シドニーではあの白亜のオペラハウスでのコンサート、藤枝市と姉妹都市「ペンリス」での地元との合同演奏会、メルボルン近郊のリゾート地「フランクストン」(裾野と姉妹都市)では参加生徒103人のホームステイをお願いすることができた。それはすべて理事の中で英語が堪能の私に白羽の矢が当たり、家内同伴で前年夏に下見の旅行に出かけたのであった。 尾上
2024/02/11 (Sun) 10:56


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