真っ青な空に富士山がすっきりとした姿を見せてくれた朝、御殿場口5合目の「太郎坊」に向かった。トンネル脇の空き地には東京近辺からの車が数台停まっている。スパイクつきのブーツで雪を踏みしめながら林間を登っていくのは楽しいよ。お彼岸も過ぎて気温も高く雪も大分溶けて、ズブズブもぐるような箇所もないから持参の「かんじき」も用がない。
シカが雪原を縦横に走ったらしき足跡をたくさん発見。1時間ほど登って6合目の「長田小屋」まで来て見上げると、真っ白な山が4つ連なって見える。下双子山、上双子山、宝永山そして富士山と。昔はこのあたりに御殿場市営のスキー場があって、簡易のリフトも営業していた。息子たちもよくスキーをしたりそり滑りで遊んだ。さあ、私も童心に返ってこの赤いソリで一気に滑っておりようか・・・。
2年生のTA君は「注意すべき構文」としてThereで始まる「倒置構文」が、進行形や受身形の動詞の場合を勉強した。このbe 動詞はいわゆる「存在」の「〜がある」「〜がいる」という意味ではなく、「進行形」と「受身形」の一部だ。だから「今朝はほとんど作業はなされなかった。」はThere was little work done this morning. となる。今日の重要構文では英文がずいぶん正確に和訳できるようになったね。
1年生のMIさんは「形容詞・副詞」の問題がほぼ完璧にできた。I had not gone so far before it began to rain. は「雨が降り始めるまでにはそれほど遠くまで行っていなかった。」でもいいけど、「それほど進まないうちに雨が降りだした。」のように後半に焦点をおく訳し方が一般的だ。ちょっと語句を入れ替えてI had hardly gone so far before it began to rain. となると「それほど行くか行かないうちに雨が降り出した。」といういわゆる「時間構文」に結びつく。
御殿場教室のSEさんがこちらに参加した。前回は入試の英作文に挑戦した。横浜市立大の「必要なときに誰とでも英語で自由に話しができればと思う人は多い。」では、後半は「願望」の文であるとわかれば、 Most people wish they could talk と「仮定法」の動詞が使える。その後に前半部の easily with anyone when necessary と続ければいい。「自由に」はfreely やnaturally より「容易に」easilyと考えた方がよさそう。「文法」は「否定」の上級レベルを勉強した。これも入試のレベルに近いから難しかったね。Noやnotを使わないでも「否定」の意味になる表現がいくつもあるからしっかり覚えていこう。
1年生EN君も都合でこちらに出席した。関係詞のA「関係副詞」やeverのつく「複合関係詞」をやったらどれもほぼ正解だった。「特殊構文」では「無生物主語の文」が少々難しかった。「物が人に〜させる」、という不自然な日本語になる英文のことで、This picture reminds me of my school days. 「この写真は私に学生時代を思い出させる。」という変な直訳を、「私」を主語におきかえてパラフレーズしてみるといい。「私はこの写真で、学生時代を思い出す。」のように。
金沢大に合格したKI君がいよいよ最後の授業となってお母様もご挨拶に見えた。山梨大の4年生になるお兄さんも努力家でこのUG会の優等生だった。今度は大学院進学を模索しているらしい。KI君も兄貴に続いてガンバレ!今日もTOEICの過去問を少しやってみた。文法はセンター試験よりも易しいけど、語彙やイデイオムを問われる問題が多かったね。将来の進学にも就職にも英語が重要だと痛感しているようだね。金沢大も一昨年、文科省が推進する「スーパーグローバル大学」の全国26校の一つに選ばれたそうだから、英語学習にはきっといい環境に恵まれると思うよ。専門の建築学でもおおいに力を発揮して欲しい。 尾上
(追記)私にライフワークと呼べるものがあるとしたら「吹奏楽」と「言語学」かな。大学4年の時に出会ったチョムスキー博士の「生成文法」は、文の構造を研究する「統語論」の革新的な見解だった。UG理論ともいうからこの「UG会」の出所でもある。欧米人でもアジア人でもアフリカ人でも人類が共通に持っている(らしい)Universal Grammar(普遍文法)の略だ。
高校教師をやりながらもまるで趣味のひとつのように50年間も「ことば」の勉強を続けてきたのは私の誇りだ。(バカのひとつおぼえ?)定年直前に「東京学芸大学」の大学院進学も果たして修士号もいただいた。若い言語学者たちの登竜門ともいえる「英語学会」の研究大会に、発表者のひとりにも選ばれた。東大駒場の文系校舎の大教室が満員になるほどおおぜいの学者や教授たちを前に、私の修士論文の担当教官の鈴木猛先生と共同発表したよ。テーマは「動詞SEEの研究」だった。
東京外語大4年の時、澁谷のビルで開催した「理論言語学講座」に毎週通ったのがきっかけだ。「新しい言語学発展のため」と東大の服部四郎教授(音声学)が提唱して、外部から有能な学生を新聞で公募し授業料無料で講座が開かれた。外語大からは私だけだったけど、他大学の院生や早稲田の教授という方も一緒に机を並べた。東大、慶応、早稲田、上智大などの言語学のトップの先生方から多岐に亘って学んだ。「音声学」「社会言語学」「マルチネ言語学」などを受講したが、中でもまだ出版されたばかりの「チョムスキー言語理論」を手ほどきしてくださったのは東大の藤村靖先生だった。MIT留学で学んだ「生成文法」(当時はまだ「変形文法」と呼んでいた)を「原書」で読むところから始めた。
この米国ボストンにあるMIT(マサチューセッツ工科大学)のチョムスキー博士に弟子入りして、博士号Ph.Dをとった日本の学者がほかにも数人いる。「日本英語学会」では著名な人たちだが、そのひとり東大大学院の「渡辺明教授」は私もお会いしたことがあるが立派な研究者だ。英語の「疑問文」で WH-が文頭に移動する仕組みを解明している。古代日本語にも同じ現象がある、というのだ。
先日母校「甲陽学院」の同窓会報が届いたので開いてみたら、なんとこの「渡辺明」の写真がのっているよ。昨年秋、母校の講演会に招かれて「ことばの研究」という題で話をしたというではないか。同窓会名簿を開いてみたら、64回生のページに発見!私が43回生だから20才くらい年下だ。へェー!私の後輩だったのかあ。まったく知らなかったよ。世の中、狭いなあ。









