高校英語UG会 三島・裾野・御殿場

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新会員募集中です
新会員募集中です
2016年3月21日(月)三島ゆうゆうホールにて 「湖尻の船着き場」
 先週は「芦ノ湖」の東岸を自転車で走った。桃源台の「箱根ビジターセンター」まで行って車に乗せてきた組み立て自転車で出発。久々の青空でぽかぽか暖かいし、湖岸を1時間くらい走ってみよう。「元箱根」の「箱根神社」まで行けるでしょう。「箱根ベーカリー」でおいしいパンも買ってこようかな。
 坂を下っていくと「湖尻」の船着き場には中国人らしき外国人がおおぜい観光船から下りてくるよ。ここからは「箱根園」に向かって歩行者・自転車専用の湖岸道路が続いている。原生林のような巨大な樹木の向こうに湖水を見下ろしながらアップダウンするとたっぷり汗が出る。遊覧船や海賊船と競走するのも楽しい。「九頭竜神社」までくるとおおぜいの団体客とすれちがった。「縁結びの神様」といわれて「箱根神社」のあと回ってくる観光客が多いそうだ。大学生らしき若いカップルの姿が目につくな。そうか、大学は2月からずっと春休みだったね・・・。

 2年生NIさんは前回「時制・上級編」の書き換え問題が難しかったね。元の文の意味をしっかり掴んで英作文する訳だから大変だ。 He did not appear until the meeting was over. は「会合が終わるまで現れなかった。」だから、It was で始めるには、強調構文で「現れたのは会合が終わってからだった。」と書けねばいけない。It was not until the meeting was over that he appeared. となる。
 I haven’t seen you for a long time. もIt で書き始めよ、だから「時間」の It と考えて It is a long time since I saw you last. (以前に会ってからしばらくだ。)と書ける。since の後は必ず「過去形」にすること。It にはたくさんの用法があるからしっかり整理しておかないといけないね。
 1年生YO君も前回「不定詞・動名詞」はすべてOKだった。今日は「関係詞(2)」をやってみたが、6問中半分がXだったね。春休み中にしっかり再学習しておくべき項目だよ。「ケビンはあなたを手伝うことができると私が思っている生徒の一人です。」の整序問題は Kevin is one of the students. と I believe they can help you. の2文をまず想定しておかないと無理。 第2文のthey をwho (関係詞)に置きかえてstudents(先行詞)の直後に移動させるとKevin is one of the students who I believe can help you. のようになる。まるでI believeがwhoと canの間に「挿入」されたようにも見えるね。そういう一般的な説明でも間違いではないが。
 中学生のNI君は前回「関係代名詞」を初めて勉強した。who、which、thatなどが「代名詞」の代わりになって前にある単語を修飾する働きだと理解して、「健二のスピーチ」を全訳してみた。丸もたくさんついたけど少々難しかったね。SVの前にあるはずの「関係代名詞」がよく省略されているから見分けられない。SSV〜V〜 という語順になっていたら外側のSVの中にもう一つSV〜が組み込まれていると見るんだ。SとSの間に「関係代名詞」が省略されているよ。
 Older people have a lot of things they can teach younger people.「お年寄りは若い人たちに教えてあげられることを一杯持っている。」 後半の部分はThey can teach younger people a lot of things. というSVOOの文型で、a lot of thingsを関係代名詞の which に置きかえて they の前に出せばいい。ここでは省略しているけど。
 先週末、新聞朝刊に「UG会・新会員募集」の折り込み広告を入れてもらったので、今日の「見学説明会」の参加者を期待していたのにゼロだった。残念だけど来週もう一度やるので期待しよう。代わりにTACさんのお母様が合格の報告に見えた。
 東京女子大、日本女子大など名門私大にすべて受かったのに、本人の意志で浜松の新しい「静岡文芸大学」に決めた。自分のやりたいコースがそこにあるから、と。とても的確な素晴らしい選択だね。「・・を研究している・・先生がいるから」という理由なら最高だ。大学のネームバリューなんて一瞬のものだ。お母様から「UG」という銘の入ったボルドーワインを頂いた。え?偶然ですか?おまけに珍しいチリ産のワインも。嬉しいね。 尾上

(追記)親友のON君は、定年まで長年英語の出版で有名な「研究社」の編集長だった。大学の頃からずっと勉強の虫ではあったが、最近ロシア語の親戚である「ポーランド語」の勉強を始めて熱心に語学教室に通ううちに「スピーチコンテスト」にも出場し、定年過ぎのこの老人が見事優勝してしまったよ。そのご褒美に「ポーランド留学」をしたのがオレッグ君との交友のきっかけだそうだ。昨年は奥様も同伴でポーランド一周のツアーにも出かけたほどの熱の入れよう。
 御殿場訪問の別れ際にオレッグ君から民族衣装を着た人形と郷里の観光写真をもらった。ふるさとウクライナの「ルビウ」はどんな町か興味が湧いて、ネットの衛星写真「グーグル・アース」を使って空から見てみた。首都「キエフ」からは一番西のはずれで、ポーランドとの国境に近い歴史のある美しい町のようだ。首都は「ワルシャワ」までの方が距離は近いから留学先もポーランドだったんだな。まだ40才代の若いご両親の写真も見せてくれた。
 国名の「ウ・クライナ」は「国境の向こう側」と言う意味のロシア語で、ロシア人から見ると「辺境の地」の意味のようだ。しかし「黒海」とオデッサなどの良港を抱える温暖な土地だから、北国ロシアの人々のあこがれの「南の国」なのかもしれない。
 たしかにここは東欧の豊かな穀倉地帯と言われている。「黒海」に突き出した「クリミヤ半島」は最近、プーチン政権が国土占領してロシア編入を宣言してしまったし、東部地区の国土もロシア人の住民が多くて、ロシアの政治介入が問題になっている国だ。私の好きなチェホフの小説「犬を連れた貴婦人」の舞台は「クリミヤ半島」先端の温暖な保養地「ヤルタ」だったな。
 あの第2次世界大戦・終結のための「ヤルタ会談」が行われた土地でもある。ここに1945年、ソ連のスターリン書記長と米国ルーズベルト大統領、英国チャーチル首相の3巨頭が集まって大戦後の世界の扱いを協議して決め、それが「ベルリンの壁・崩壊」まで45年も続く「東西冷戦」の引き金になったそうだ。 
 今から25年前の1991年、「ソビエト社会主義共和国連邦」つまり「ソ連」(USSR、ロシア語ではCCCP)が解体し「ウクライナ共和国」がやっと独立国になった。そのちょっと後にオレッグ君は生まれたから、ロシア語がほとんどしゃべれないわけだ。ご両親の若い頃はきっとロシア語が必修だったろうけど、今では中学・高校での外国語は英語で、本人も大学院で「ウクライナ文学」を専攻している。将来は大学教授かな。
2016/03/21 (Mon) 23:21


TOEICを英語力のめやすに
TOEICを英語力のめやすに
2016年3月20日(日)森の腰中央公民館にて 「ミズバショウ」
 「ミズバショウ」が咲いたよ。箱根仙石原の「湿生花園」が今日からオープンしたのでさっそく見に行った。我が家から「乙女峠」を越えて車でたったの15分で行ける。今にも降り出しそうな空模様だけれどちょうどお彼岸の3連休だから初日にしてはおうぜい詰めかけた。
 入場券売り場では「まだ五分咲きですよ。ザゼンソウもまだ一株だけ・・」なんて言って箱根町営の職員は素っ気ないけど、どうしてどうしてミズバショウは今が最高だったよ!花をくるむ白い包の部分が真の純白なのは今だけ。まだ葉の方が小さいから水に映えてとても美しい。しばらくすると黄ばんできて葉も本当の芭蕉のように巨大に成長してしまう・・・。

 EN君は文法で「不定詞・動名詞」の問題にほぼすべて正解が出せたが、「関係詞」では50%しか理解できていなかった。he、she、it、theyなどの「人称代名詞」が入るところに「関係代名詞」who、which、thatなどが収まる、と考えた方が良い。もちろんhis、her、its、theirの代わりがwhoseなのだ。「先行詞」のない関係詞 whatの意味は「こと」「もの」「姿」と覚えよう。「否定」についてのハイレベルの問題もやってみた。far from(決して〜でない)と free from(〜を持っていない)の違いにも注意したいね。
 3年生を卒業したYAさんは常葉大学に決まった。英語・英文学が専攻なので、大学の授業以外にも英語力を高める機会が欲しい。今日から「UG会」でTOEICのための勉強を始めることにした。さっそく第5問「文法・語彙」40題と第6問「誤文訂正」20題の問題に取り組んだ。60%正解のページも80%もとれたページもあったが、まだまだ「センター試験」のための英語力が維持できていて嬉しかった。900点中730点以上が目標ということなので、目標80%ということだ。来週は第7問「読解問題」をやってみよう。
 「国公立・後期試験」が今日合格発表があった。三島教室を卒業したTACさんが静岡文化芸術大学にも合格した。静岡県立大浜松キャンパスが前身で小規模ながらすばらしい先生をそろえた若々しい大学のようだ。TVの歴史番組で人気絶頂の「磯田道史教授」もこの大学だ。長い闘いをあきらめずに最後までねばった人の勝ちだね。おめでとう。 尾上

(追記)先週は千葉県に住む友人のON君ご夫妻を御殿場の我が家にご招待した。10年ぶりの訪問で、今回は日本に1週間滞在中の大学院生オレッグ君も一緒だった。ウクライナ人の彼はポーランドに留学中、同じく短期留学していたON君と友人になったそうだ。おじいさんと孫ほどの年の差があるけれど。無口な背の高いハンサムな好青年で、「ルビウ」というウクライナ西方の小さな町の出身だった。前日は浅草「浅草寺」を案内してもらい珍しい「日本文化」にたくさん触れて感激したそうだ。
 私の家内も一緒に乗って5人でドライブにでかけた。まずは神山の「時の栖」に行ってみると川沿いに連なるサクラ並木がピンクの花のまっさかり。春霞のむこうにぼんやり富士山も姿を見せて皆さん感動することしきり。レストランに入って「御殿場高原ビール」を飲みながらパスタとピッツアの昼食となった。バンドのナマ演奏もあってなかなか楽しい雰囲気だった。
 さあ食後の運動に「富士山」に行ってみよう。前の日に下見に行って見てきたとおり、「須走登山道」は除雪がおわっていて標高1200mほどの冬期ゲートまで難なく登って行けたよ」。車を降りて雪景色の中を少し散策もできたから、オレッグ君には「世界遺産の富士山に登ったよ、ちょっとだけ・・」と自慢できる土産話ができた。
 県道「ふじあざみライン」を下ってきて須走登山口の「浅間神社」に立ち寄り、拝殿の大きな鈴を鳴らした。ここは富士宮口や富士吉田口の「浅間神社」と共に「世界文化遺産」の一つに数えられている。江戸時代に盛んだった「富士講」という民間信仰の団体が、富士登山によって功徳をつみ感謝の石碑をいくつも境内に建立してある。朱塗りの山門や拝殿がヨーロッパ人には珍しいらしい。オレッグ君もしきりに写真を撮っていた。
 3人は17時の御殿場線に乗る予定で、その後「横浜」に行って一泊する、というので残り時間がわずかだけれど温泉に入ることにした。印野の「樹空の森」に立ち寄り広々した「お胎内温泉」で男3人裸のおつきあいをした。露天風呂に行ってみると、正面に富士山を仰ぎ見るすばらしいロケーションに感動すること。
 オレッグ君にはもっぱら英語が通じた。時折私がロシア語を混ぜるとキョトンとしている。数字の1、2、3を言い合って「アヂン、ドバ、トリ・・」といえば、なんだ、ほとんど同じじゃないか。方言みたいなものだよ。御殿場駅で「ダ・スビダーニア!」と別れのあいさつを交わした。(つづく)
2016/03/20 (Sun) 23:08


「〜する人はいない」はNo one〜で始めるね
「〜する人はいない」はNo one〜で始めるね
2016年3月17日(木)裾野市民文化センターにて 「須走口の除雪車」
 富士山の「須走口登山道」に行っていい汗をかいた。前日に降った雪が積もって凍りノーマルタイヤでは走れず、車を松林においてプラスチックの「そり」を手に登っていくと、真っ青な空に白銀の富士山が聳えて美しい。1時間・3キロほど登ったところで標高1200mくらいになる。持参の「かんじき」を取り出し長靴の上に装着して、周りの雑木林のなかを歩いてみた。50センチくらいの積雪の中を踏みつけるとサックサックといい音をたてる。
 県の車が登ってきて調査しているらしく、除雪車もあとから2台もやってきて次々と積雪を掻き分けている。5月の連休には5合目まで車の通行ができるようにもう除雪作業が始まったのだ。おまけに気温も急に上がってきて雪がどんどん溶け出した。いざ「そり」で滑って降りようとしたらああ、雪がすっかり片付いてしまいせっかくの楽しみを奪われてしまったよ・・・。

 2年生のTA君は動詞の慣用句をいくつか勉強した。 make one's way 「進む」や pat 人 on the shoulder 「人の肩をたたく」など。後半は of または for をとる形容詞をグループわけして覚えた。入試の和訳では上智大の「文明の発達で犠牲になったもの」が難しかったね。 Every European knows, as a matter of historical fact, that, in Europe, wealth could only be acquired at the expense of other human beings, either by conquering them or by exploiting their labor in factories. カンマが多用されて困惑したようだけど、S knows that SV を見抜けばよかった。as a matter of historical fact,(歴史上の事実として)もin Europeもただ修飾語(M)とみなしてカッコに入れれば、スッキリした複文が現れる。「ヨーロッパ人は皆、富が他の人間を犠牲にして得られた物に過ぎないことを知っている。他の人間を征服するか、または工場でその労働力を搾取するかのどちらかで。」
 1年生のMIさんは前回、入試の英作文をやった。ほぼ70%は書けているけど文法で「仮定法」の動詞を学校ではまだ教えていないので誤りを数カ所添削しておいたよ。「願望」を表す「〜であればいいのになあ・・」でI wish や If only の後にくるSVは、「今」のことなら「過去形」で、「昔」のことなら「過去完了形」で書く。
 今日の英作文では「数量詞」の扱いを勉強した。「・・旅行者の数が急増している。」は直訳で The number of travelers is increasing でも通じるけれど、動詞にtravel を選んで More and more people are traveling と書けると平易な英文でとてもいい。「〜する人はいない」という否定文なら No oneで書き始めるように、「〜する人もいる」なら Some people を主語にして始める。「〜する人はますます増えている」と言うなら More and more people で書き始めるととてもいい。
 卒業したEC君が大学を決めてお母様とご挨拶に見えた。センター試験の失敗が国公立の2次試験で挽回できなかった。私立の工学部に入学して大学院を目ざすことにしたそうだ。「全ての道はローマに通ず」というよ。努力はどこかで報われるはず。英語の勉強は忘れずに。まずはTOEICを目標にして。 尾上

(追記)思い起こしながら書いてみると、若い頃はずいぶん映画を見ていたんだな。ソ連映画だけをとりあげても数え切れないほどだ。英国アカデミー賞をとった「誓いの休暇」(1959)も名画だった。チェホフ原作の短編「犬を連れた貴婦人」(1959)も映画化され、その後シェイクスピアの「ハムレット」(1964)もロシア語で映画化された。「ガムレット」という題でね。ロシア語では「ハ」の代わりに「ガ」というから「横浜で」はなんと「ヴ・ヨコガメ」と言うよ。
 同じくシェイクスピアの「リヤ王」(1970)や、ドストエフスキーの名作「カラマーゾフの兄弟」(1969)「罪と罰」(1970)などの文芸作品もよく映画化された。どれもどこかで見た記憶がある。
 よく「ソ連映画祭」が東京のあちこちで開催されて、戦前の名画では無声映画の「アレクサンドル・ネフスキー」(1938)や「イワン雷帝」(1944)も見た。「モンタージュ」技法の創始者、エイゼンシュテイン監督の作品だった。白黒映画の「戦艦ポチョムキン」(1925)は、最後の「オデッサの階段」のシーンで艦の上にたなびく「赤い旗」だけカラーだったのが印象的だった。フィルムの一枚一枚に手で色つけしたそうだ。
 米国ではグリフィス監督が早くも1919年に「Intolerance(不寛容)」でその技法を駆使していて映画史に残る大作だ。現代のスピルバーグのハリウッド映画に受け継がれている。日本では小津安二郎が取り入れて黒沢明監督も「七人の侍」(1954)で多用している。つまり「フラッシュバック」のことで今では普通の表現法になっているそうだ。
 先日レンタルで見た最新の映画「ガガーリン」(2013)の中で、宇宙飛行中にたびたび入る「回想シーン」こそが「モンタージュ技法」と呼ばれるものらしい。つまりフランス語で「貼り合わせ」の意味だそうだ。日本でDVD化されるほどのロシア映画がやっと登場したということかもしれない。
 1990年の「ベルリンの壁崩壊」の前後はソビエト連邦が解体し、ロシア連邦に移行した時期で、政治も経済も不安定でその影響もあって10年ほど映画界が沈黙状態だったらしい。タルコフスキーの「惑星ソラリス」(1971)や「エルミタージュ幻想」(2003)はそういう体制の移行期前と後の作品だから比較するのも面白い。評価の高い映画だそうだからレンタルで見つけたら見てみよう。
2016/03/17 (Thu) 23:14


助動詞とは文に気持ちを添えるもの
助動詞とは文に気持ちを添えるもの
2016年3月14日(月)三島ゆうゆうホールにて 「クチバシの黄色い子」
 これが私の最高傑作「シジュウカラのヒナ」の瞬間映像だ。デジカメで撮ったのはもう10年以上も前になるかな。5羽しか写ってないけど実は9羽もいて、4月末に生まれたらしく5月なかばには巣立っていった。 
 ゴールデンウイークのある日、裏庭に行ったら使ってない裏返しの植木鉢の中からヒナのさえずりが聞こえるよ。離れてそっと見ていると親鳥がときどき帰ってきては底の小さな穴から入っていく。エサを探しに出て行っている一瞬の間に空けてみたら、ほらこの通り。絹糸のような真っ白な巣はどうやってつくったの?クチバシの下に大きな目玉が見える・・?

 2年生NIさんは前回「助動詞」の上級編を勉強した。どれも難しくて,半分も丸がつかなかったね。25問中6問が「助動詞+完了形」の問題だった。1,未来完了will have finished (きっと終えてしまっているだろう)2,昔の仮定法 would have finished (本当なら終えてしまっているだろうに)3,昔の推量 must have finished (終えてしまったにちがいない)4,昔の非難 should have finished (終えてしまうべきだったのに)のように「チャート式」に自分でまとめておくといい。2語や3語で助動詞になるものも重要だ。had better、would rather、ought to、used to、may wellや may as wellなど。
 今日は文頭において全文を修飾する To my surprise,・・(私が驚いたことに、・・)の表現を勉強して「東海大」の英文を和訳した。To my regret, a pure love of acquiring knowledge seems to be diminishing among students throughout the world. 「残念なことに、知識を得る事を純粋に愛する気持ちがだんだん世界中の若者たちの間で薄れていくように思われるのだ」。ここではloveが名詞だけど動詞にもどして「〜を愛する気持ち」と訳せば「名詞構文」をSVOMの文型に当てはめることでわかりやすい訳になる。
 1年生YO君も前回、会話文での「助動詞」をやった。こちらは基礎編でほぼ理解できていたね。Can such a cheap ring be gold?(そんな安い指輪が本当に金なの?)でのcanは疑問文で「いったいそんなことがありうるだろうか」の意味だからIs it possible?と言い換えられる。反対に、「ありえない、〜のはずがない、〜であるわけがない」ならcannotということは知っていたね。It is impossible・・と言える。
 こんな風に「助動詞」とは「文全体に話者の判断をつけくわえるもの」なんだよ。単に「動詞を助けている(??)」のではない。だから疑問文では文の先頭に置くのだ。それ以外では主語(S)が先に出たがるだけ。「主語はよく文のテーマになるからね。」
 この上の「・・・」の日本語で一番大切なものはどの部分?そう、最後の「ね」だ。話者(私)が読者(君たち)に「承認してほしい」という気持ちの表れだ。日本語では文の最後に一番大切なものが登場する。英語なら ,isn't itとかRight? You see? と付け加えるところ。これが「助動詞」となって文頭に組み込まれているのです。
 中学生のNI君は前回「包装紙と環境問題」を和訳してみた。「受身形」の動詞は正しく訳せていたね。I see small thing like pens in a nice bag. で動詞 see はSVOC(第5文型)に使うから注意しよう。OとCも「主語+述語」の関係になっているのだ。「OがCであるのを私は見る」ということ。「ペンのような小さなものが立派な袋に入っているのを見る。」という意味になるよ。今日は「分詞」と「関係詞」を勉強して、英文「韓国のキムチ」を全訳してみた。 尾上

(追記)昨日は久々に見たロシア映画「ガガーリン」(2013)の感想を書いたけど、学生時代はロシア語が専攻であったからソ連映画をよく見たなあ。池袋の「文芸座」、飯田橋の「人生座」、新宿の「武蔵野館」、有楽町のATG(アート・シアター・ギルド)などへ出かけた。短編映画はよく六本木の狸穴にある「ソ連大使館」の映写会に招かれて見た。「私はモスクワを歩く」(1963)という軽快な歌の流れるモダーンなのもあったな。
 私が大学在学中の63年から67年の間に輸入・上映された映画はタルコフスキー監督の「僕の村は戦場だった」(1962)を筆頭に、トルストイ原作をボンダルチュク監督が映画化した大作「戦争と平和」や「アンナ・カレーニナ」も1967年の制作で、日本で公開された時にはほとんど見に行ったよ。
 それまではすべて白黒映画だったのに、戦後まもない「石の花」(1946)と「シベリア物語」(1947)はソ連のカラー映画初登場で日本より10年も早いがアメリカより10年遅れている。マルシャークの童話をアニメで映画化した「森は生きている」(1956)もカラーの傑作だったよ。
 アメリカでは1935年にはすでにカラー映画が始まっていて、ディズニーがアニメ「白雪姫」(1937)をカラーで制作している。私が生まれて初めて見た映画がこれだ。小学校1年生の時、澁谷駅前の大きな映画館だった。今の「109」ビルの向かいにあった「澁谷東宝」だと思う。今も「TOHOシネマズ澁谷」で続いている。
 1950年頃、ランドセルを背負って通学の途中通った澁谷駅前も「道玄坂」もまだ戦後の焼け野が原だったのに映画館の復興は早かった。このカラー映画を見た大人たちは戦勝国のアメリカの技術・財力・国力に度肝を抜かれたという。「こんなスゴイ映画を戦争中に作っていたのか!勝てないわけだ・・」と。1939年制作の大作「風と共に去りぬ」もカラーだったなあ。クラーク・ゲーブルとビビアン・リーが眩しかったなあ。(つづく)
2016/03/14 (Mon) 23:19


ペンは剣よりも強し
ペンは剣よりも強し
2016年3月13日(日)御殿場市民会館にて 「YMCA東山荘のサクラ」
 愛車レイチェルに乗って国道を越え「秩父宮公園」をフェンス越しに覗きながら「東山湖」まで行くのが私のおきまりの散歩コースだ。湖の堤には「アオサギ」が10数羽、等間隔にきちんと一列に並んで長い首を伸ばして、エサをねらって時折飛び立っていく。ニジマス釣りにはまだ寒くて人影のまばらな湖岸を一回りすると、サクラ並木の老木の枝にはつぼみが一杯ふくらみだしたけれどまだまだ固い。
 YMCA「東山荘」の前まで来ると、中庭に並ぶ数本のヒカンザクラが濃いピンクの花盛りで美しかった。帰りにハワイ出身のタレント「キャッシー中島」の経営する「キルト・ミュージアム」のカフェに立ち寄ることもある。ここでは「ブルマン・コーヒー」とともに希少価値の高いハワイ島特産の「コナ・コーヒー」が飲めるよ・・。

 SEさんは「関係代名詞」を勉強した。英作文だといい文章がしっかり書けるのにここは難しかったね。春休み中にほかの問題集で勉強しなおしておくといいよ。原則は与えられた2文で、第1文の名詞と同じものを指す「代名詞」を第2文の中に探し、それを「関係代名詞」に変えて文頭に出せば1つの文につながる。例えば「指導者は尊敬できる人でなければならない。」で(1) A leader must be one. と(2)people can look up to him. の2文をつなぐには、最後の him を whom にかえて文頭にだす。前置詞 to も一緒に出しても良い。A leader must be one to whom people can look up. となる。第2文に 「副詞」then があったら 「関係副詞」when に、there があったら where に変えて文頭にだせばいいだけのこと。
 EN君は「比較」を勉強した。まずas much asとかas hard as のように、いつもas 〜 as だと思ったら大間違い。He ran as fast in the field last week as his dog did. のような長い文で as を見たらずっと後にも as があると予想しよう。後の as は「接続詞」で「・・と比べて」の意味で、前のas は次のfast を「同じくらい」と修飾する「副詞」だ。「かれは先週原っぱで犬と同じ早さで走ったよ。」 than も同様に「・・と比べて」の意味で、「〜より」ではない。faster なら「より早い」となる。
 3年生YAさんは英作文をやってみた。「スコットランド旅行を計画して代理店に、詳細を問い合わせる手紙を書け。」英会話でも使えそうな易しい英文だけどきちんと書くとなると難しいね。名詞の単数・複数や冠詞 a、theの使い分けにはたくさんの練習と失敗が不可欠だ。今日は難しい和訳問題もやってみた。 The pen is mightier than the sword. (ペンは剣よりも強し)。このthe は次の普通名詞「ペン」を抽象化して「文を書くこと」になるし、「剣」も「武力を使うこと」の意味に変わる。つまり「文」は「武」より強いということ。YAさん、入試が終わっても英語の勉強をこうして続けていれば、今の学力が維持できてきっと良いことがたくさんある。来週はTOEICの問題にも挑戦してみよう。 尾上

(追記)ロシア映画「ガガーリン」をビデオで見た。レンタルの「つたや」でロシア映画を借りたのは初めてだ。1961年、旧ソビエト連邦はフルシチョフ書記長の肝いりで、初の「有人宇宙飛行」を成功させた。当時は東西冷戦時代でソ連とアメリカは激しい宇宙競争をしていた。
 この直後米国のケネディ大統領は、60年代中の「月面着陸」を宣言して63年に暗殺に倒れたが、米国NASAはぎりぎり69年に「アポロ計画」で見事成功させソ連に追いつき追い越した。アームストロング船長が月面に降り立つ最初の地球人になった。
 これは2013年、故ガガーリン大佐・生誕80年記念の映画だった。バイコヌール基地で宇宙船「ボストーク号」の打ち上げが成功して、周回軌道で地球を一周した後再び大気圏に突入して無事パラシュートで帰還するまでの「108分」が描かれている。飛行中に回想場面が何度か描写される。
 貧しい大工の息子だったユーリィ・ガガーリンの生い立ちから両親、兄弟、妻子、友人、空軍の同期とのエピソードも添えてある。数百人の候補者の中から選ばれ訓練を受けた20人の中の唯一人の飛行士。知力、体力、気力、品性、すべてに最高のものを持っていた。
 ひさびさのすぐれた映画に深い感銘を受けた。エイゼンシュタインから始まるロシア映画の伝統を思い出した。ハリウッドのSF映画が安っぽく見えてしまう。打ち上げは昭和36年のことだから私が高校3年生の時の4月、「九州一周」の修学旅行から帰ったばかりの頃だ。受験勉強に忙しくて新聞もTVも見なかったからそのニュースは後で知った。宇宙開発競争でソ連が米国にぐっと水をあけ、ミサイル開発にも軍事力にも自信をつけて国威昂揚の力になった出来事だった。(つづく)
2016/03/13 (Sun) 23:35


「姿」の what もあるよ
「姿」の what もあるよ
2016年3月10日(木)裾野市民文化センターにて 「シジュウカラ」
 今朝も大きな美しい声でさえずるのは「ウグイス」。春の訪れが例年より半月も早いそうだ。箱根山麓のわが家の周りの林にはたくさんの小鳥たちが飛び回って、先日は台所にも「ちん入者」発見!「換気扇」の小さな隙間をすり抜けて入ってきたらしい。ガラス窓に向かってぶつかっては飛び出せずにいる。 
 漢字で「四十雀」と書いて、黒い帽子と白い頬と青みがかった翼をもっていて美しい鳥。何年も前、庭の隅に植木鉢を伏せておいたらその小さな穴から潜り込んで中にヒナを生んだ。真っ白な毛で作った巣の中で「黄色いくちばし」を大きく開けてエサを待つ5羽のヒナの一瞬の写真は、私の最高傑作だ・・。

 昨日は大阪大の合格発表。あの悲惨な事件の被害者も見事に合格していたとか。悲しいね。今日東大の発表があって前期試験の結果がすべて決まったので、いよいよ12日から後期試験が始まる。募集人数が少ないけれどそれでも前期合格者が抜けた分だけ合格の可能性が高まるので、ガンバリ甲斐はある。長い闘いだけど最後の最後まで挑戦を続けるときっといいことがあるよ。
 KI君から「金沢大に合格しました!」と報告あり。それも工学部の建築学科だ。「理科大」も「芝浦工大」も全戦全勝だった。すごいね!私は学生時代に旅行で「金沢大」の学生寮に行って突然泊めてもらったことがあり親しみがある。有名な「兼六園」の隣の「金沢城」の中にキャンパスがあったなあ。
 今日は英語力維持の勉強としてTOEICの過去問をすこしやってみた。文法はセンター試験よりずっと易しくて、「三単現のS」とか「時制の一致」に気をつければいい。たまに「仮定法」の動詞形が問題に出るくらい。ただ語彙レベルが高いので日頃から努力して英字新聞や週刊誌に目を通す習慣が必要だ。私がネットでよく利用しているのは米国Newsweek や英国BBCだ。定期購読の契約をしなくても主要な記事の見出しと書き出し部分が無料で読めるよ。
 2年生のTA君は前回「命令法」を勉強して「譲歩表現」になる特殊な「命令文」を知った。 Be it ever so humble, there is no place like home. はイギリス民謡 Home, Sweet Home の歌詞の一節。日本語では「埴生の宿」の題で昔はよく歌われた。前半は動詞beで始まる「命令文」だけど、譲歩的に接続させて「それがどんなに貧しくても・・」の意味になる。No matter how humble it may be, と言い換えてもいいよ。「家庭ほどよい所はない。」と歌う。ことわざにAn Englishman’s home is his castle. 「英国人にとって家は城である。」とも言うね。受験英語ではCome what may,・・も有名だね。命令文に似ているけど「何が起ころうとも・・」の意味だから No matter what may happen, ・・ということだ。
 今月入会した1年生のMIさんは今日が2回目。お姉さんが東京外語大に合格したので送迎がてらお母様がご挨拶に見えた。おめでとうございます。高校で後輩たちに「合格体験談」をしてほしいと依頼されたそうだ。
 今日は前回の入試の英作文を復習してから「関係詞」をやった。「関係代名詞」の who、whose、whomは「代名詞」のhe、his、himやshe、her、herの代わりに使うもの、と覚えるといい。複数のthey、their、themでも同じ。しかし「物」をさすit、its、itの時は「関係代名詞」が which、whose、 whichを使う。
 whatも関係代名詞として使うときは「先行詞」something + which を1語で表したものと見る。1、what I know「〜こと」2、what I read「〜もの」でいいが、3、what Japan is todayなら「今日の日本の姿」のように「〜の姿」の意味にもなる。4、もあるけどそれは上級篇で。 尾上

(追記)私の演劇の経験は、外語大1年の時に先輩から指名されて「五夜」というロシア語劇に出演したのが最初だ。40代の男性に扮するのに初めて背広を着てドーランを塗った。チョイ役であらすじはよく覚えていないが、倉田紀雄、春日健児、中村達也、大島晃子、喜多美樹、北門都、小平秀らの先輩たちに囲まれて鍛えられた。ほとんど同じ年なのに2年生・3年生がすごく大きく見えた。
 翌年は2年生が主体なので先輩から指名された私が監督になって、文豪トルストイの小品「ニヒリスト」をやった。1917年のロシア革命以前、帝政時代末期に流行していた「虚無主義」をうそぶく若者たちがいた。そういう青年にピッタリのMA君がクラスにいた。チェホフの「桜の園」にでてくる居候の大学生や、ドストエフスキーの「罪と罰」に出てくるラスコーリニコフみたいな理屈好きだった。
 六本木の「俳優座」にも出かけて行って衣装を借りてきた。外語大ロシア科先輩で作家・演劇評論家の中本信幸氏にもご来校いただいて演劇指導を受けたりした。一時演劇に夢中になって「劇団民芸」の「三人姉妹」や「俳優座」の「ハムレット」も見に行ったなあ。杉村春子・仲代達也やオフィーリア役の市原悦子がすばらしかった。
 その頃、秋の「外語祭」で「ロシア料理」の模擬店をやったり、「語劇」のキャストやスタッフに関わった級友たちとの絆は強く、交友は卒業後もさかんで「望露会」と名付けて、50年後の今も山野のトレッキングや夜の酒場で毎月のように集う。来月は桃の花やヤマザクラを見に山梨の山に登ろうかな。
2016/03/10 (Thu) 23:31


疑問詞は6W1H
疑問詞は6W1H
2016年3月7日(月)三島ゆうゆうホールにて 「雪割草」
 御殿場・二の岡にある「秩父宮公園」がやっと市民には入場無料になった。表門をくぐると桧の林の中の砂利道に沿って「雪割草」がもう何株か色とりどりの花をつけていた。その名の如く「ゆきどけ」と共に咲き始めるのがけなげだね。早世された宮様は登山家で「山野草」のロックガーデンを愛され、妃殿下も和洋の草花を大切に育てられた。
 市内の「ぐみさわ苑」に世話になっている私の母は94才で健在だけど、娘の頃は長泉村本宿の家から「三島高等女学校」(今の三島北高だよ)に通っていた。まだ蒸気機関車が走っていた頃の御殿場線に乗って、何度か「秩父宮邸」に学校の勤労奉仕で来ては広大なお庭の手入れをしてさしあげた、と言っていた・・・。

 2年生NIさんは There で始まる「倒置構文」を勉強した。「進行形」や「受身形」の動詞の時は「主語」が be 動詞の後にさがってもいい。まるで疑問文のように。しかし代わりに there という意味のない単語(英語学では『虚辞』といって、形式主語の it と同じようなもの。)を文頭に置くので「〜があります」という文と間違えやすい。単純な「進行形」や「受身形」の動詞にもどして文を解釈してみよう。 standやgo のような「自動詞」でも第一文型SVMが ThereVSMのようにSが下がって倒置文になることに似ているね。
 1年生YO君は前回「完了時制」の問題では十分な基礎力が見れたね。「否定構文」は難しくて、部分否定と全否定の対比に注目する必要がある。notの後に1every、2both、3all があったら「部分否定」だ。「全部だということはない」という意味。反対にanyやeither があったら「どれも、どちらも(全部)・でない」となってno、nobody、noneとかneitherと同じ意味になる。alwaysやquiteなどの副詞の場合もneverとの対比で考えるよ。「否定」は奥が深い。もっと研究しよう。
 中学生のNI君は「不定詞」の上級篇を勉強した。疑問詞+不定詞は例えば・・how to play tennis のように「テニスのやりかた」でも良いけど、本当は疑問詞の how に注意すると「どうやってテニスをやったらいいのか・・」という意味なのだ。つまり how I should play tennis という間接疑問文と同じなのだ。 what to read も「何を読んだらいいのか・・」 となるよ。5W1Hってよくいうけど、疑問代名詞のwhom, what, whichと疑問副詞のwhen, where, how は、 why 以外ならどれでもこの形で言えるよ。
 今日裾野教室3年のMIさんが東京外語大に受かった!よかったなあ。私の長年の悲願でもあったから涙が出た。私の母の高校の後輩がこんどは私の大学の後輩にもなった。「中国語」と「英語」の二カ国語を駆使して世界を股にかけるもよし、一番人気の女子アナになるもよし。NHK「ぶらタモリ」の桑子真帆アナも外語大のチェコ語の出身だそうだね。「朝チャン」の夏目三久アナも「ベトナム語」とか。余裕があったら「ロシア語」も「フランス語」も選択して欲しいな。 尾上

(追記)高校教員2年目の12月、港町・稲取での新婚生活が始まったらすぐ3ヶ月後に転勤することになった。英語科の人員削減でわずか2年目の私に番が回ってきた。はるか彼方の「島田商業高校」だった。シモダじゃなくてシマダ?と横山校長に聞き直してしまった。「大井川」のむこうですか?引っ越しにはおおぜいの生徒たちや先生が手伝いに来てくれた。
 天下の奇祭とよばれる「どんつく祭」って聞いたことある?稲取半島先端に鎮座する「どんつく神社」のご神体は木の「巨大な男根」で、6月には祭りがあってご神体のお御輿が町中を練り回す。地元の青年が青鬼・赤鬼の面をかぶり、二の腕くらいの長さの「男根」を手に若い女性を突っついて走り回るのだ。漁師町に伝わる「縁結び」のおまじないで、夫婦和合・子孫繁栄・無病息災を祈願した。駅前にある教員住宅には早朝から登校途中の女生徒がどっと逃げ込んでくる騒ぎもあったよ。
 稲取で過ごした3ヶ月の新婚生活はミカン畑とお寺の墓地にはさまれた山の中だった。窓を開けると夏みかんがぶら下がっていた。空き家の校長住宅に住めたからまだ助かったが、東京での生活とはまったく勝手の違う突然のカルチャーショックに家内も良く耐えたな。隣に「みかんの貯蔵小屋」があってそこに出入りする人が不気味だ、と訴えたりした。
 「稲取高校」ではたくさんの素晴らしい生徒たちに出会った。「野球部」や「サッカー部」はなかったけど「レスリング部」に毎年優秀な選手が育って、県代表になって全国大会によく出場した。私が担当した「英語部」からは「千葉大」や「静岡大」に合格する英語好きの優秀な子がいたよ。英会話の応用として「英語劇」の指導ばかりやっていた。「吹奏楽部」がまだなかったし。
 1年目の文化祭では木下順二の「夕鶴」を上演した。「つう」を演じた村木まりと「与ひょう」をやった鳥沢勇がとっても上手で、当日の舞台に涙を流して見ているおばあさんがいた、という伝説が残っている。全部英語なのに雰囲気が伝わったんだね。字幕で読めるようにはしてあったけど。白黒スライドを舞台裏から小さなスクリーンに写す仕組みは外語大時代にやった文化祭の「語劇」で覚えた。
 稲取高校教師2年目の秋はメーテルテルリンクの「青い鳥」をやった。英語部員に男子が一人しか入らなかったので、苦肉の策で東京・神田の「古本屋街」を歩き回って台本を見つけた。前述の「ニヒリスト」も同じ神田・神保町で見つけた古本だ。「青い鳥」のチルチルとミチルの役にはピッタリのかわいい男子と女子に決めた。とても上手だった。英語劇は面白い。
2016/03/07 (Mon) 23:08


メタファーは直訳するとヘン!
メタファーは直訳するとヘン!
2016年3月6日(日)御殿場市民会館にて 「箱根高原ホテル」
 小雨模様の今日、箱根・桃源台の「高原ホテル」に行って日帰り入浴をさせてもらった。広い庭園に向かって「露天風呂」にゆったりつかれるいい温泉だ。ここには「島田商業高校」時代によく夏休みの「英語教員研修」で宿泊したから懐かしい。「箱根」が好きになって御殿場に引っ越して来たきっかけでもある。「箱根外輪山」と「芦ノ湖」を臨む広大な敷地に囲まれて、「県営キャンプ場」や「箱根ビジターセンター」の「自然探索路」とも隣接しているからずっと前から家族で親しんできたよ・・・。

 SEさんは文法で「比較」と「助動詞」をやった。それぞれ「空所問題」も「文整序問題」もほぼ正解が出せたね。助動詞のcan、may、must、shouldに2番目の意味、つまり「推量」の意味があるね。学校ではただ「覚えろ!」と言うけれど、なぜだか考えてごらん?「〜ねばならぬ」と「〜に違いない」には何か共通項があるでしょ?その答えは、前々回のブログを参照してね。
 今日の英作文では「とっぷりと日が暮れてしまってから・・・」で、「太陽が消えてしまった・・」と書いたね。こういうのを「メタファー」(比喩)という。「ネコに小判」と同じように日本語・日本文化の中でしか通用しない。英語にするには直接的に明快に言い換えなきゃいけない。After it got quite dark, (すっかり暗くなってから)と。
 EN君も文法で「準動詞」と「完了時制」をやった。現在分詞 -ingと過去分詞 -edの対比に注意しよう。「物が、面白い」ならinteresting、「人が、興味を持つ」ならinterestedと使い分けるよね。exciting と excited も、surprising と surprised も同じ対比だ。なぜなら動詞の interest もexcite、surprise も「人に興味を持たせる」「人を興奮させる」「人を驚かせる」の使役の意味の他動詞だから。
 今月は学校の文法の時間ではどうしても最後に駆け足になって、よく未消化で終わる単元を中心にやってみよう。今日はまず「否定」だ。否定というと「部分否定」と「全否定」の対比が大切。それと「二重否定」の構文もなかなか難しいよ。4月からの「重要構文101」シリーズでもじっくり勉強していく予定です。
 3年生YAさんは「前期試験」が不合格だったので、明後日の「中期試験」に再チャレンジとなった。くよくよせずに前向きで行こう。必ずいいこともあるから。過去問を見せてもらったら、中くらいの長さの英文読解が4題に「テーマ作文」だ。作文テーマは「留学制度について」とか大学生活についての考えを書かせるもので、40〜50語くらいで短く書く。
 その練習に「大阪大」の過去問をやってみた。「春入学と秋入学」の選択について意見を書けというもの。「結論―理由―説明―結論」の順で、簡潔にうまく書けていたけど、ケアレスミスが多かったね。動詞の時制や名詞のa- や –s にもっと注意が払えるといいね。来週からもしばらく「UG会」で英語の勉強を続けて大学の授業に備えよう。 尾上

(追記)「稲取のつるし雛」といえば、今から48年も前の若かりし頃「稲取高校」に赴任した日を思い出す。大卒後、半年間常勤講師を勤めた「吉原高校」を去って、伊豆東海岸を「下田行き」の電車ではるばる行ったなあ。まだ「伊豆急行」が開通したばかりの頃、海とトンネルばかりでここは「陸の孤島」ではないか、なかなか戻れないのでは、と寂しい思いだった。たどり着いた「稲取駅」はみかん畑に囲まれて、電車のドアが開くとすぐプーンと甘酸っぱい香りに包まれ、稲取の港と伊豆七島の大島が見えた。
 稲取高校の教員30人のうち、20人は独身者で伊東や下田の自宅から通ったり、駅前の教員住宅に下宿していた。夏の暑い日、この教員住宅の隣にある温泉旅館の老女将のお葬式があって、私たち隣組の若い教師が5・6人かり出された。棺桶を2本の竿に渡して担げという。この土地はまだ「土葬」の風習が残っていて、町中のお寺を一周したあと山の中腹にある墓地まで汗をかきかき運ぶことになった。全く面識もないおばあさんの重かったこと。
 私の運転免許証は、卒業前の3年生を放課後「熱川自動車教習所」に引率せよと命じられていくうちに、無料で教習を受けて私も取得してしまった。役得だったなあ。まだ校舎の周りに「マツダ・キャロル」とか「スバル」のような軽自動車しか見かけないときに、生意気にもトヨタの真っ赤な「パブリカ」を中古で買った。おまけに「横浜」ナンバーだった。2気筒の800ccだけど360ccの軽よりずっと馬力があった。「東名高速」がまだ未完成の時代、小田原まで行って国道1号線をトコトコ千葉県の実家まで帰ったよ。
 その時の校長は横山先生といって熱川で農業もやっていて、稲取高校のほか転勤したことなしに校長になった素朴なお人柄。毎日、畑の軽トラックで出勤してきたけど何も言われなかったし、東京での結婚式にも出席してくださった。校長のほかにも何人もの素晴らしい先生に出会った。希望する生徒たちを連れて「尾瀬・奥日光」にハイキングに行ったり、北アルプスの「奥穂高」にも一緒に登った。
 とりわけ東京外語大の10年先輩で中国語科を出た社会科の渡辺秀夫先生。のちに韮山高校や三島北高を歴任し、県の高校教職員組合の委員長を長年勤めた。私たちの結婚式に司会をお願いした恩人だ。ほかにも同じ釜の飯を食べた同期の教師たちが後に何人かは校長になった。昭和40年代・50年代は、教育現場でも組合員と非組合員の立場を鮮明にせねばいけない厳しい時代だった。私は2年後には組合に入ってストライキにも参加し、地区労のメーデー集会では「宣言文」を読み上げシュプレヒコールをあげた。若き日に悔いなし。
2016/03/07 (Mon) 0:06


英語力維持は歯磨きと同じ。毎日やってないと・・・
英語力維持は歯磨きと同じ。毎日やってないと・・・
2016年3月3日(木)裾野市民文化センターにて 「つるし雛」
 今日は「ひな祭り」だったね。最近は「つるし雛」が全国各地で盛んになって、御殿場市の「秩父宮公園」でも展示会が開催されていた。昔は家にある端切れで作ったらしいけど、最近の趣味のグループのものは真っ赤な「さるぼぼ」をたくさん吊したり、花嫁の真っ白な角隠しをアレンジしたりと、凝ったものが多かった。こちらは山形県酒田市に伝わる「傘福」という名のものらしい。
 福岡の柳川に伝わる「さげもん」は、ちゃんと「ひな壇」があってその左右につり下げた「縁起物」がその由来らしい。でも、最初の火付け役は伊豆稲取につたわる「つるし雛」だったと記憶している。「木目込み人形」の5段飾りが高価で買えないような家庭で伝わったらしい。新任の「稲取高校」が懐かしい。「温泉町」というより昔からの「漁師町」で漁師の子女が多かった。海女さんが「いせえび」や「さざえ」を潜って採ったり、「いか」や「金目鯛」の漁で生計を立てる町だった・・・。

 KI君は「前期試験はどうだった?」と聞いたら「微妙・・」だって。しかし「東京理科大」の建築学科に合格していると聞いて、よかったなあ。まじめな努力の成果だね。前回は早稲田大の和訳で「バードウォッチング」が少々難しかったかな。 ・・and he added that there is no way of getting to know them except by learning them one by one as they come into song in the spring. は、「さらに、春になって歌い始めたときに一羽ずつ覚える以外には小鳥たちを知る方法はない、と言った。」
 今日は「前置詞」の文法・英訳をやってみたら、おいおい。入試が終わったと思ったらもう英語力が下がり始めているよ。前期試験が終わってまだ1週間なのに。そうなんだよ。英語は毎日触れていてやっと学力が維持できる。卒業式も終わったし英語の勉強ができるのはしばらくはこのUG会だけかな。この1ヶ月さらに精進しましょう。
 MIさんも「前期試験」では英語は自信があるけど世界史が足を引っぱりそう、だそうだ。6日の発表結果が気がかりだ。後期試験にもリーディングがあるそうで、今日は先週の「京都大学」の長文を読んでもらった。「代ゼミ」のHPを開くといくつかの有名校の最新の試験問題と解答・解説をダウンロードできる。難しいけどじっくりと英語に立ち向かっていると安心できるよ。
 3年生のMIさんは今日で退会となるが、その2年下の妹・MIさんが一緒に出席してさっそく入会してくれた。1年生だけど今日は入試の英作文から始めた。与えられた日本文は理解しやすいから、今の英語力でどこまで内容が伝えられるか、の問題だ。今50%しか表現できないなら来年、再来年に70%、90%と高めていくことが目標だ。文法は「比較」と「助動詞」をやった。助動詞のcan、may、mustや shouldに2番目の意味があることは知っていたね。単語には「意味の拡張」があって2つ、3つと意味が広がっていくのは普通だけど、この助動詞の場合はどうだろう。前回のブログに簡単に書いておいたので読んでみてください。
 2年生のTA君は「重要構文」シリーズも最後の章になり、前置詞の as、from、into や of、to、with をとる動詞をたくさん勉強した。意味がほぼ同じ動詞ならそれに続く前置詞も同じ、と考えていい。今日の「岩手大」の英文では has to〜がmust 〜と同じではない場合を勉強したね。 One of the greatest rewards of being a teacher is the opportunity one has to devote one's mind and energy to important matters. 「教師になって一番大きな悦びのひとつは、自分の知力と精力を大切なものごとに捧げる機会が持てるということだ。」つまり、has の目的語は関係詞のwhich でopportunityの後に省略されているのだ。 尾上

(追記) 昨日はまた小田急バスで東京に出た。新宿ピカデリーで上映中の「トゥーランドット」を見に。そう、あのフィギュアスケート・荒川静香の「イナバウワー」で有名になったドラマチックな曲を覚えてる?「誰も寝てはならぬ」だ。北京の宮殿で「トゥーランドット姫」に求婚し、3つの謎をすべて解いた王子が、今度は自分の名前を当てるように謎かけして一晩寝ずに考えさせる、というお話だ。
 今は亡き名テノール歌手「ルチアーノ・パバロッティ」の当たり役だった。今日は1月末にNYのメトロポリタン歌劇場で上演したばかりの舞台の映画化。10年前から始まっているものだが、アメリカ本土ではステージの上演と同時にライブで、夜8時から各地の映画館でもまるで野球中継のように楽しめるようにできている。日本では1ヶ月遅れだけれど東京・横浜その他の都市の映画館で見ることができる。
 舞台を一杯につかって大宮殿をしつらえたゼッフィレルリの演出には定評があって、もう30年の歴史があるという。1986年、ロンドンから英国ロイヤルオペラが来日公演した時に家内と東京まで見に行ったのが確かそれと同じ演出だったから、きっとその舞台が初登場だったのだ。氷のように冷たい姫君が愛に目覚め、めでたくカラフ王子と結婚するというおとぎ話でした・・・。
2016/03/03 (Thu) 23:54


助動詞の2つ目の意味は?
助動詞の2つ目の意味は?
2016年2月29日(月)三島ゆうゆうホールにて 「三ツ石海岸」
 土曜日のトレッキングは「貴船神社」がゴールだったけど、さらに私の車で3人の仲間と真鶴半島の最南端「三ツ石」まで行ってみた。崖の上に「砲台」跡があって、幕末に近寄る「黒船」を追い払うためのもの。そこから太平洋の大展望が開けていたよ。急階段を下っていくと与謝野晶子の歌碑。「わが立てる/真鶴崎が二つにす/相模の海と伊豆の白波」。文豪・坪内逍遙も、「初日の出/なぜ三ツ石に/注連はらぬ」と言ったという。それで今は注連縄(しめなわ)が張ってあるんだね。こちらは大岩が3つだけどたしかに伊勢の「夫婦岩」によく似ていたよ。ご来光の名所スポットらしい・・・。

 TACさんは前期試験を受けてきた。手応えは十分あったらしい。後期試験には英語が不要だそうだけど、まだしばらくは気を抜かず勉強を続けていこう。明日はいよいよ「卒業式」。3月を有意義に過ごしたいね。前回やった「早稲田大」の「バードウォッチング」はほぼ正しい和訳ができていたね。今日は「前置詞」だけど、整序問題をカットして「英作文」をやった。素直ないい英文が書けたね。文法では「名詞」の扱いの問題が難しかったね。試験に良く出る、knowledge、information、advice(知識・情報・助言)などは「量」で判断するから aや –sがつかない。furniture、baggage、luggage(家具、荷物)もおなじく「量」ではかるもの。
 2年生NIさんは前回、入試の整序問題で「青山学院大」が難しかった。「そのアニメーションは、思っていたものとは異なっていた。」は言い換えて「そうだろうと思ったものではなかった。」とすればいい。The animation was not something.と I thought it would be such. の2文から関係詞の what が使えれば正解だ。 The animation was not what I thought it would be. 既習の例文でなら He is not a person who I think is very kind. 「親切だと私が思う人・・」に近い。 Who is の間にI think の挿入、と考えても良い。今日はプリントの「動詞」の項目を勉強して明後日の期末テストに備えた。残りは来週までにやっておいてね。
 1年生YO君は前回「現在分詞」「過去分詞」の用法を復習した。受動態もよく理解できていてほぼ正解だった。学校では和訳の練習が足りないようで、It is believed that some animals are quite sensitive to the movement of the earth.「大地の動きにとても敏感な動物もいると信じられている。」earthは1地球、2大地、3土、4アース(電気器具)のように用途が広いよ。
 今日は入試の英作文をやってみた。「福島大」の「最近では地球の安全さえも脅かしかねない環境問題が、人々の関心を集めている。」で、日本文の「動詞」は「脅かしかねない」と「関心を集めている」だね。前半はmay threaten the safety of the earth と書けるといいね。後半はcollect our interest と直訳して失敗した。日本語は「人に関心を持たせる」だから他動詞の interest (人に興味を与える) で十分だし、「受身」に言い換えて「・・・環境問題に、人々は関心をもっている」と言えば簡単な英語になるよ People are interested in the problem・・・。
 中学生のNI君も期末試験が終わって出席した。前回は「助動詞」をやった。今日は、can、may、mustのもう一つの「推量」の意味の方はなかなか覚えにくいけど、本来の意味からcan「〜と考えることができる」→「〜がありうる、〜のはずだ」という意味が生まれ、may「〜と考えてもよい」→「〜かもしれない」が、must「〜と考えねばならない」→「〜に違いない」が生まれてきた。特に後に完了形have +-edが来たときには「昔」のことへの「推量」だから難しいね。「〜だったに違いない」などと訳す。俵万智さんの「サラダ記念日」の英訳本からの抜粋は面白かったね。70%理解できていたからOKだ。 尾上


(追記)先週の「週間朝日」に「東大・京大」の推薦入試結果速報がのっていたね。今年初めての試みで東大は77名、京大は60名が合格した。12月に面接して、1月のセンター試験の結果を勘案して合格者を決めたそうだ。東大のホームページでは2月10日に合格発表があった。合格した学生には朗報だけど、周囲からの期待も大きいから喜んでばかりはいられない。
 最近AO入試をとりいれる国立大学もふえて、北大、東北大、一橋大、名古屋大、大阪大、神戸大、九州大などに加えて、今年度いよいよ双璧と言われる東大・京大も推薦制に踏み切った意義は大きい。その裏の事情とは、大学の側でも優秀な頭脳がオックスフォード大、ハーバード大などの英米の名門大学に流出するのを食い止めたいという大きな目算があるから・・・。
 細かなデータを見ると静岡県の高校から東大に合格したのはわずか一人。西部地区の「磐田南高校」から「薬学部」に入った。高校からの推薦条件は「各種コンテスト入賞」のほかに英語の語学力だった。TOEFLで100点以上とか留学経験が求められている。これじゃハーバード大に楽に入れちゃうよ。皇太子妃雅子さまがそうだったね。
 入学後は一般入試の学生と一緒に前期は「駒場校舎」で教養学部の「理U」に所属するが、他よりも早めに専攻科目の教育を受けるそうだ。 一般受験する高校生から見ると、東大の推薦制度のために実際の定員枠が77人も減ってしまって、スレスレの人には不利になったかな。
2016/02/29 (Mon) 23:33


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