高校英語UG会 三島・裾野・御殿場

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単語の暗記は毎日楽しく
単語の暗記は毎日楽しく
2016年4月14日(木)裾野市民文化センターにて 「二の岡の桜並木」
私たちが37年前に引っ越してきた時には森の中の一軒家で街灯もなかった。「対山荘」と呼ぶ昭和初期の別荘地のなごりが近所に残り、黒沢明監督の「七人の侍」が撮影された土地でもあった。その「二の岡」がいまではこのように1キロも続く見事な桜のトンネルになって車の渋滞まで起こしている。「プレミアム・アウトレット」から「高原ビール・時の栖」まで通うシャトルバスがひっきりなしに通る賑やかさ。変わったなあ・・・。

 2年生のMIさんは「第5文型」でつかう「不定詞」の働きを勉強した。動詞ごとに分類すると(1)want人 to〜「人が〜するのを望む」(2)tell人to〜「人が〜するように命ずる」(3)think人to〜「人が〜だと思う」のように、to〜(不定詞)の主語が相手の人であるような場合を注意して覚えよう。特殊な場合として(4) make人〜 「人に〜させる」は不定詞にtoが不要な場合で、let、have、helpを含めて「使役動詞」と名付ける。同じく(5)「知覚動詞」see、hear、feelでも不定詞にtoが不要だ。今日は英作文でかなり力を発揮できたね。「比較構文」が少々難しかった。
 SEさんは前回入試の英作文で「この色あせた写真を見れば、かならず義母を思い出す。」は never 〜 without –ing の構文が使えることをしっていたけど用法が逆だったね。「思い出すことなしに、写真を見ることはない。」 となるように英訳する。I never look at this faded photo without remembering my step-mother. 今日は「不定詞」の文法問題をやってから入試問題の和訳もやってみた。「仏教大」のAfter we had washed our faces, I went downstairs to see what arrangements I could make for an evening meal. はSVが3組あるね。 could makeとはどういうこと?その後に当然来るべき「〜を」(目的語)がないからおかしいと思わねば。ここではmake arrangements 「準備する」のつもりで、間接疑問文だからSの前に出たのだ。「夕食のためにどんな準備ができるのか、見てみようと・・・」 
 新3年生のOMさんが入会希望を出してくれた。短時間だけどさっそく第1回のプリントを少しやってみた。「代名詞 It の用法」から始めよう。1年、2年で勉強した It をここで総復習して入試問題に挑戦する。とても範囲の広い深い項目で始まるから少々大変だけど、1問、1問切り崩すつもりで学力を高めていって欲しい。そして単純で孤独な作業だけど一番大切な「単語・熟語」の暗記にかなりの精力を費やして欲しい。1日に20語覚える!100日で2000語になるよ。英語は「歯磨き」と同じで毎朝毎晩やるものです。 尾上

(追記)オペラの名曲が、いつでもどこでも聴ける環境は実に嬉しい。先週末仲間と山梨県の山に登って以来3日ほど風邪ぎみで、いつもより早めにふとんにもぐってNYのラジオ放送(WQXRと呼ぶ)を一晩中つけっぱなしにした。これはNHKの「らじるらじる」と同じく、ラジオをネットで配信しているので世界中で同時に聴くことができる。
 特徴はFMとAMが6局もあって、オペラならオペラばかり、ジャズならジャズばかりを24時間流してくれる。別のジャンルの物は全く混ざらないしニュースも入らない。広告もなしで資金を寄付金に頼っているのだ。そうだ、アメリカは寄付(Donationと呼ぶ)がとても盛んな国なのだ。寄付すると免税の利点もあるからね。広大な国だから「深夜放送」という感覚もない。NYの地下鉄は24時間走っているし。
 流れてくるのはヴェルディやプッチーニ、ロッシーニなど流麗でドラマチックなイタリア語のオペラが70〜80%なのはきっとアメリカ人の好みだね。ドニゼッティやベッリーニのようなベルカント・オペラが特に好きなようだ。古典的なモーツアルトやリヒャルト・シュトラウス、ワグナーもドイツ語で時折挿入される。しかし、たまにロシア語が聞こえてくるとわくわくしてしまう。
 歌詞がある程度理解できるし、泥臭いロシア民謡風のスラブっぽいメロディも楽しい。ニューヨーク市に住むロシア人はかなりの比率なので喜ぶ人も多いのだろう。しかしロシア語で書かれたオペラは数少なくてかのチャイコフスキーでも2、3曲だ。
 特筆すべきは「エフゲニー・オネーギン」といって、文豪プーシキンの叙事詩を題材にオペラ化された曲。オネーギンとピストルで決闘する羽目になって親友レンスキーが歌うアリア「青春は遠く過ぎ去り」はもっとも有名だ。後半で若い頃オネーギンへの愛を拒絶され公爵夫人になったタチアーナが歌うアリアも美しい。
 オペラではないが、大学のロシア語授業で和久利誓一先生が授業の教材に取り上げて、モスクワから仕入れたLPレコードを授業でかけてくださったのは「エフゲニー・オネーギン」の詩を朗読したものだった。私の本棚にはこの詩の原書が今も手に取れる所にある。手のひらサイズの小さな本だけど時折カラーのイラストが入り、小説というより詩集の体裁だからどこを開いても詩のながれが読める。最後にタチアーナが背中を向けてオネーギンを拒絶し立ち去る挿絵で終わっている。
2016/04/14 (Thu) 22:37


動詞の時制に強くなろう
動詞の時制に強くなろう
2016年4月11日(月)三島商工会議所にて 「八ヶ岳を遠望」
 「春の山へ行こう!」大学時代のいつもの仲間を誘って、快晴の土曜日は山梨県韮崎市の「荒倉山」1132mに登った。雪どけしたばかりの山頂からは「富士山」と「八ヶ岳」がくっきり遠望できるし、まだ芽吹いたばかりのカラマツの枝の合間からは、「鳳凰三山」の巨体が目前に屹立してドキッとする。下山後はノーベル賞の大村博士が経営する「白山温泉」で汗を流したよ。
 大村先生は武田氏ゆかりの「武田八幡宮」や「ワニ塚のサクラ」で有名なこの土地で生まれ、韮崎高校・山梨大学・東京理科大を経て「北里研究所」の教授となった。絵画にも造詣が深く「女子美大」の理事も兼任しているから、日本の女性画家を応援する気持ちで「韮崎・大村美術館」を開設してすぐに韮崎市に寄贈してしまった。気さくに絵画を楽しんでもらおうと実家の敷地を利用して「ソバ屋」と「日帰り温泉」も作ってしまった。面白い人物だね・・・。

 新3年生NIさんは、第2課「時制」で文法・作文をやった。 When I got home, my family were eating supper. 「夕食を食べていた」と When I got home, my family had been eating for half an hour. 「30分前から夕食を食べていた」の違いが動詞の用法に表れている。
 裾野教室のTA君は数学塾の関係でこれから月曜日のこの三島教室に移動する。英文和訳では「接続詞」before(〜するまでに)の用法を勉強した。
 新2年生のENさんは「不定詞」の様々な用法を勉強した。特に seem to〜や happen to〜は、「話者の判断」を付け加える働きで。助動詞とよく似ている。
 新2年生YO君も「不定詞」で It seems that 〜 をseems to 〜に書き換える練習をやった。
 中学3年生になるNI君は「疑問文・否定文」の作り方を勉強した。すでに十分知っている内容だけど、「間接疑問文」では 疑問詞+S+V の語順になることはよく知らなかったね。後半は「募金は難のため?」という「笑い話」の英文を和訳した。「関係代名詞」と「現在完了」の2つはまだ未習項目なので少々難しかったね。 尾上

(追記)2000年7月家内と渡米してNY市に滞在中、さらに国内線に乗ってシラキュース空港に降り、出迎えのデルボルゴ氏に再会した。シカゴの「バンド・クリニック」以来12年ぶりのことだ。私が委嘱してあった吹奏楽作品を受け取りに米国最北部・カナダ国境のご自宅を訪問することになった。空港から高速で2時間もかけたからきっと東京―静岡くらいあったかな。
 そこは同じニューヨーク州の最北端ウオーター・タウンという町の郊外にある別荘地だった。オンタリオ湖から流れ出たセントローレンス川に向かって広い庭があって星条旗が掲げられていた。奥様が育てたルバーブが料理され、朝食には特産のメイプルシロップが添えられた。成長して家を出たお嬢さんの部屋をお借りし一泊した。
 作曲家の書斎に招かれ、アップルコンピューターのソフト「フィナーレ」で打ち込んだ新作楽譜A Remembrance(追憶)をコピーして頂いた。PCのつくる音源で参考に聞くこともできた。いよいよこれを、沼津東高校の吹奏楽部が演奏してコンクールに出場することになるのだ。期待は大きい。
 翌日は町の観光に案内して頂いた。セントローレンス川は国際河川なので灯台もある。川添いにはライラックの紫の花が一杯で美しい町だったなあ。
 デル・ボルゴ氏は晩年、冬になるとフロリダ州の別荘に移った。数年後、フロリダのディズニー・ランドを訪問した折にも、ご夫婦で面会に来てくださった。作曲家にしては珍しく気さくで人間が本当に大好きなお人柄だった。惜しくも3年前に亡くなられたということで、奥様にメールでお悔やみの意をお伝えした。
2016/04/11 (Mon) 23:31


take care of は受動態が2つできる
take care of は受動態が2つできる
2016年4月10日(日)森の腰中央公民館にて 「ヤマザクラ」
 山梨県南部町で一軒宿の「佐野川温泉」を営む私の弟をひさしぶりに訪ねた。富士川の支流「佐野川」のほとりにあって「下部温泉」と同じちょっとぬるめの温泉だ。丁度ヤマザクラが満開で周囲の山を薄ピンクに彩っていた。この冬に法要で一度会ってはいたが今日はゆっくり話ができた。「ウナギの蒲焼き」が得意料理で、三島の「うなよし」や「桜家」より美味いよ、と自慢する。
 「鰻重」と「肝すい」「カシラの照り焼き」にも感動したのはもう20年ぶりかな。弟はもとは東京理科大出身の新聞記者だったのに脱サラして旅館のオヤジ。板前の修行もしてよく腕を磨いたね。「先日女優のMAさんが泊まってくれたよ。」と。時々TV局の取材を受けて弟がローカルニュースに出たりする。婿に行って姓は佐野に変わったけど私の唯一の実弟、孫が6人もいる・・・。

 御殿場教室は人数が増えてこの「森の腰中央公民館」では手狭なので、来週から「御殿場市民会館」の第2会議室を借りることにしました。玄関を入って受付のすぐ前にあります。よろしくお願いします。
 新1年生MU君は前回、「私のインド、私の夢」という英文を全訳してみた。難しい文法はないけどそれぞれの文がかなり長めでどうしたら日本語の流れに直せるのかに困った。一歩ずつトライしてみることが大切だ。
 2年生YAさんは「山形大」の整序問題で、「われわれは自分の行為ばかりでなく、読む物に対しても責任を負わねばならぬ。」は We are as responsible で始まっているので、後の比較の対象にも 接続詞のas が必要だと考えると良かった。・・・for what we read as for what we do.
 EN君は前回、「山形大」の整序問題が難しかった。 We took the greatest care of books. を「受動態」に書き換えると答えは2つあって、どの語句を目的語と考えるかで(1) The greatest care was taken of books. と(2)Books were taken the greatest care of. が生まれる。この問題では(1)が答えだったね。
 3年生のTA君は入試の英文和訳で「迷信」で60%はうまく訳せていたね。 But there is probably no superstition that has as many people observing it, in one way or another, all over the world, as the one that 13 is unlucky. いつものようにカンマカンマをカッコでくくるといいね。するとas 〜 as・・ の構文が見えてくる。「13は運が悪いという迷信ほど、多くの人が信じている迷信はたぶんないだろう。」そこに修飾語(M)の「世界中、なんらかの形で」が加わる。has many people observing itはSVOCの文型でI had him believe me.(彼に私を信じさせた)と似て「ある迷信のために人々がずっと信じ込んでいる」という意味。原形でなくて-ing形になって「継続」の意味が強調されている珍しい例文だね。「無生物主語の文」でもあるからさらに難しかった。
 大学生のYAさんは今日もTOEICの模試をプリントでやってみた。パート1〜4のリスニング問題100問を45分で、パート5〜7のリーディング問題100問を75分で解答することになっている。今日はパート5と6の52題、単語を補充して英文を完成する問題ばかりをやってみた。語彙のレベルが高いのでまだまだ辞書が頼りだが、ほぼ80%の正解だった。次回はパート7の内容理解の問題に取り組んでみよう。 尾上

(追記)「バンド・クリニック」参加の合間にシカゴ市内にある有名な楽譜出版社「カール・フィッシャー」を訪問。「シカゴ美術館」に行ったり「シカゴ・シンフォニー」のコンサートを聞いたり、シカゴで充実した数日間をすごした後、武蔵野音大の秋山紀男先生率いる私たちのツアーは、さらに南部の町テキサス州サン・アントニオに飛んだ。
 ここには吹奏楽の楽譜出版で有名な「サザン・ミュージック」の本社があって、日本の「ミュージック・エイト社」とも強い繋がりがあった。19世紀の前半、今はアメリカの1州だけどここで「テキサス共和国」の独立のための戦争があった。ジョン・ウエインの主演で映画にもなって主題歌がヒットしたから、デイビー・クロケット大佐の活躍で有名な「アラモ砦」が街観光の目玉となっている。
 夜は町を一周できる運河で船遊びを楽しんだ。12月だというのに米国で最南端の町はまだ初秋のようなポカポカした気候で、川岸に面したカフェやホテルのレストランなどの前のプロムナードを行く大勢の人々を見ながら、わたしたちを乗せた観光ボートは川面を静かに滑っていく。街中の水辺の散歩道「リバー・ウォーク」という名で世界的に有名だよ。われらが三島市も「水郷の町」という共通点があって参考にしているらしい。商工会議所の裏の「白滝公園」の川のあたりと雰囲気が似ていたな。
 隣国メキシコから米国に編入した土地だからテキサス州にはメキシコ人やその文化が一杯だった。チョコレートを溶かして乗せた肉料理はなかなかなじめない。デザートのマンゴー・シャーベットだけはボリュームもあって実に美味かったなあ。サザン・ミュージック社の社長が家族ぐるみで我々をディナーに招いてくれて,楽しいメキシカンの演奏も聴かせてくれた。
 この出版社「サザン・ミュージック」の社長のもとを12年後に再び訪れることになろうとは、運命のいたずらだろうか。「シカゴ・バンド・クリニック」で出会ったニューヨークの作曲家デル・ボルゴ氏に依頼して、私が個人的に作曲してもらったA Remembrance という題の吹奏楽曲をこの会社から出版してもらった。その10年後この出版社は後継者がなくて残念ながら閉業してしまったが、版権はシカゴのあの「カール・フィッシャー社」に受け継がれている。(つづく)

2016/04/10 (Sun) 22:35


不定詞を構文で読み取る
不定詞を構文で読み取る
2016年4月7日(木)裾野市民文化センターにて 「富士宮のサクラ」
 弟の経営する「佐野川温泉」から帰る途中、富士宮市内の世界遺産「富士山・浅間神社」に立ち寄ったらサクラの古木がちょうど満開で、大鳥居と橋の欄干の赤色が川面に映えて美しく、ガラケーで写真を撮りまくったよ。中国人のグループも日本語で「キ・レ・イ・・」を連発していた。例年より2日遅れの満開だそうだけど入学式のシーズンにピッタリだね。

 新2年生のMIさんは前々回、1年文法の締めくくりに「強調・倒置・省略」の書き換え問題や整序問題をやってみた。なかなか正解が出なかったけれど、一気に理解するのは難しいね。「仮定法」はとても良く理解できていた。前回は2年生の第1回で、「不定詞」の構文を勉強した。疑問詞+不定詞、be to〜の働き。今日は第2回で seem to〜が助動詞のように「話者の判断」を表す文、不定詞が「〜するために」(目的)の意味のほかに、「原因」「根拠」「結果」などを表す場合を整理して勉強した。「助動詞」ってなに?「動詞を助けるもの」じゃなかったね。Auxiliary Verbといって「補助的な動詞」という意味だよ。文の「命題」に対して,話者が自分の判断を付け加える働きだ、と説明したね。
 御殿場教室のSEさんが裾野教室に戻ってきた。人数が少なくてたっぷり教えられる。前々回「倒置・強調」の問題はほぼ正しかったけど、英作文では「彼の驚きはたいへんなものだったので、口もきけなかった。」が難しかったね。His surprise was so great that he couldn’t speak a word. とso 〜 that の構文を使えば素直に書けるけど、so great をsuch1語に置きかえて、Such was his surprise that・・・という「倒置構文」も覚えておくといいよ。前回はMIさんと同じように「重要構文101」を始めて第1課・第2課で「不定詞」の構文を勉強した。入試の易しめの英文もいざ和訳してみるとミスをいくつも発見する。接続詞+S+V+O+〜の語順をいつも念頭に置いて、「このVのSは何?Oは何?」と問い続けることが大切なんだ。 尾上

(追記)1988年、12月のシカゴは冷凍庫の中のようだった。外気温マイナス10℃以下の通りからバンド・クリニック会場のホテルに入った途端、室温が20℃以上に跳ね上がりその温度差にガーンと視界が消える。Windy City (風の町)と呼ばれるシカゴは「ミシガン湖」を渡ってきた強風が吹きつける湖岸の町。美しいデザインの高層ビルが林立する大都会だ。
 この町の有名ホテルを借り切って毎年、全米とカナダの吹奏楽関係者が一同に会するバンド・クリニックが5日間にわたって開催される。日本からもヤマハやパールなど管楽器・打楽器のメーカーが地下の展示会場にブースを開設して売り込みを図る。楽譜出版社のヤマハやレコード関係の担当者もここに出入りする。プロの指揮者や作曲家も個人で渡米してくる。
 今回、東京の小さな楽譜出版社「ミュージック・エイト」が全国の中学、高校などの指導者に呼びかけて「シカゴ・クリニック視察ツアー」を企画した。静岡県内ではほとんどだれもまだ参加したことのないクリニックに参加するチャンスが来た。三重県「合歓の郷」での日本版クリニックに何度も参加して,一度本場のものを見たかったからね。
 成田空港で集合したこのツアーに私たち夫婦はシカゴのホテルで合流した。英語教師としては長らく気になっていた巨大都市NYと古都ボストンを訪問しておきたかったから。NYマンハッタンを一通り観光してからボストンに移動するには横断鉄道アムトラックを利用した。4時間の予定が6時間もかかった。乗客はまばらで誰も騒がない。全くアバウトな国だったよ。
 この会場には写真で見たことのあるようなアメリカの作曲家もおうぜい参加していた。ここで作曲家同盟の会合も開かれたのかもしれない。その中でE・デル・ボルゴは小柄で丸顔の好人物で、ホールの中で見つけてすぐに仲良くなった。私は彼のバッハ風の深みのある曲が大好きでそれまで発表されるたびに何曲も購入しては演奏会やコンクールに利用していたから。
 「パッサカリア」「シンフォニック・スケッチ」「バービー・ヤール」など500曲以上を作曲していた。どれも古典的な構成でバッハの和音を多用してその背景に現代風のパーカッション(打楽器)で色づけする。フィラデルフィア音楽大学では有名なパーシケッティの直弟子だったそうだ。このイタリア系の陽気な作曲家に12年後もう一度NYの片田舎で再会することになろうとは・・・。(つづく)

(おわび)きのうは「UG会」をクリックすると、Not Foundが標示されて驚いた?ブログ日記のサーバー「Alfoo」が24時間以上「点検修理中」だったから投稿もできなかったよ。1年に1回くらいこんなことがある。8日の13時に開通するとのことです。
2016/04/08 (Fri) 21:04


新年度スタート!
新年度スタート!
2016年4月4日(月)三島ゆうゆうホールにて 「カタクリの花」
 御殿場のサクラの見頃はまだ遅れそうだ。自転車に乗って「秩父宮公園」に行ったら2日から「さくら祭」の期間に入ったらしいけど、「宮邸」のシンボルになっている巨大なしだれ桜はまだ2分咲きだ。10日までの期間内に満開を迎えるかどうかあやしいね。早春のユキワリソウやショウジョウバカマ、カタクリが見事な花をつけている。この庭はこれからが楽しみ・・・

 新3年生NIさんは、今日から日栄社の定評ある「英文法・英作文演習」を始めた。この1年間続けた「重要構文101」の基礎を受けていよいよ入試問題の実践編だ。第1課は「Itの用法」で、空所補充、文整序、そして和文英訳の順に力を高めていく、とてもいい問題集だ。take it for granted that〜(〜を当たり前だと考える)や see to it that〜(〜に注意する)のような it は that 以下を受ける「仮目的語」の働きだったね。
 春期講習に参加した新2年生のENさんが正式に入会して、さっそく第1回目の「重要構文101」に取り組んだ。文法解説とその例文はじっくり読む価値がある。とくに1パラグラフで易しめの入試問題を全訳することで効果が上がるよ。今日は「不定詞」の構文、how to〜、と be to〜の働きを勉強した。入試の「和文英訳」はこれからも続けていくので、できる範囲でいいから挑戦して欲しい。残りのプリントも少しやって今日は早めに早退した。
 新2年生YO君も今日から「重要構文101」を始めた。毎回2課こなせば50週、つまり来年の3月にはゴールに着く。和訳を中心に力をつけて欲しい。前回は1年最後の文法として「特殊構文」を勉強した。「名詞構文」も「無生物主語構文」も難しい項目だけど、すべて正解が出せたね。最近よく勉強している様子が感じられるよ。英作文では○がつかなかったから「動詞」の用法をいくつも覚えなくてはいけない。This money enabled him to enter college. に対しmade him enter では to が不要だし「可能にさせる」の意味が足りない。allow 人 to〜 や advise 人 to〜 など、似た文型をまとめてたくさん覚えておこう。
 中学3年生になるNI君は高1の分野に進むことにした。まだ学校では「現在完了」や「関係詞」など教えていないけど「UG会」では早めに取り組んでいこう。今日は「5文型」を勉強したね。SVの後に何が来るかで文型を5種類に分ける。特に「第5文型」というのが難しかったね。 尾上

(追記)御殿場南高校の吹奏楽部が2年目のコンクールでまた金賞が取れた曲で、同じ米国の作曲家ミッチェルの「海の歌」も壮大でロマンチックな曲だったなあ。こういう新しい曲の紹介は例年プロの楽団が演奏して「東芝EMI」のLPレコードで発表されるので、購入して生徒たちと一緒に聞いてからアンケートを採ったりしてその年のコンクール自由曲を決定したよ。
 「全日本指導者クリニック」に参加すればプロの生の演奏も聴くことができた。それは毎年5月に三重県浜島の英虞湾に突き出た「合歓の郷」(ねむのさと)にある「ヤマハ音楽キャンプ」で開催された。全国から参加した中学や高校などの先生が2泊3日の合宿で「吹奏楽部の運営」や「指揮法」、「10種類の楽器の演奏法」「楽譜の読み方」など盛りだくさんのプログラムを勉強する。
 コンサートではプロのバンドが出演して素晴らしい曲を聴かせて、気に入ればすぐに買えるように楽譜の即売コーナーもあって、私にはこれがまず一番のお目当てだった。このクリニックはとても刺激的で参加希望すると、校長先生の許可がもらえて毎年のように出張できたのはいい思い出だ。
 新幹線で名古屋経由で行くこともあったが、海が荒れていないときには、マイカーで知多半島の先端「伊良湖岬」まで行ってフェリーで伊勢湾を渡った。対岸の「鳥羽港」に着くと「御木本真珠」の展示館が目につく。いきなり関西圏に来てなぜか「ふるさと」のように懐かしい。「浜島町」のはずれにあるリゾートの「合歓の郷」は広大な半島の芝生の敷地にゴルフ場やコンサートホール、楽器の練習棟が点在して、休み時間には園内バスで浜辺をぐるっと回るのが楽しみだった。
 このクリニックには日本のプロの指揮者、演奏家、作曲家も招かれて講習会が開かれた。時には吹奏楽の本場、米国からも指揮者や作曲家が招聘された。F・フェネルやA・リードは日本でとても人気の高い音楽家で昼休みに一緒に写真を撮らせてもらったなあ。
 このクリニックの元祖はアメリカのシカゴで12月に開催される「全米・カナダ」のバンド・クリニックだ。5日間に生演奏で次々と発表されるオーケストラ曲や吹奏楽曲を、多くの出版社がブースを開設して紹介し商談をまとめる。つまり「楽譜の見本市」だね。1988年の冬、日本の出版社が企画したツアーに私は家内と申し込み渡米して、シカゴのホテルを借り切って開催された「ミッド・ウエスト・バンド・クリニック」に参加した。(つづく)
2016/04/04 (Mon) 23:16


UG会は期待に応えます
UG会は期待に応えます
2016年4月3日(日)森の腰中央公民館にて 「紅枝垂れ」
 毎年、その日の「春期講習」が正午に終わると遠回りして「三島大社」に立ち寄りお花見をしていく。今春は寒波のせいでソメイヨシノの開花が遅れて今日やっと5分咲きくらい。紅色のしだれ桜は満開で池の水面に影を映して赤い橋の欄干を背景に実に美しい。800年前、源頼朝の妻・北條政子が寄進した「厳島神社」に渡る橋だそうだ。
 長泉村(池田病院のあたり)生まれの私には、大社の「夏まつり」は小学校の頃欠かしたことがない。戦後東京に一家で引っ越ししてからも、夏休みには必ず大好きな祖父母の住む「いなか」に帰った。東海道線で一人旅しては「三島・広小路駅」に降り立った。従兄弟たちと三島大社に行っては「花火大会」と「お化け屋敷」が楽しみだったなあ・・・。

 4日間の「春期講習」が終わった。3年生のTA君とNIさんは「センター試験」の練習を初めてやってみて予想以上に高得点が取りにくいことに驚いたようだ。解答はマークするだけだけど、本文以上に4つの選択肢をしっかり読み取らないといけない。配点が1問6点では全体の影響は大だ。まずは、語彙力を増やすことが緊急だし、イディオムをどれだけ使いこなせるかが高得点につながる。新学期が始まらないうちにすぐに取りかかろう。
 2年のENさんは第4日目として「特殊構文」の文法問題をひとつひとつやった。学校の授業ではなにも扱ってくれない単元だけど実は大変難しい。春休みの課題にして自学自習せよ、とは無理だよね。強調・倒置・省略を見抜くのはなかなか大変だ。さらにほかの問題集に挑戦してみてね。
 中3のNI君は英作文が4日目に入り、少し長めの日本文になった。動詞になる部分が2カ所以上あるからSV〜を2つ組み合わせて、時には「関係代名詞」を使わないといけない。英文を作るのが一番勉強になるね。

 今日は御殿場教室の第1回目。先週見学に来てくれた生徒が2人参加して、5人の授業が始まった。
 もうじき入学式があって1年生になるMU君が加入してくれた。第1回は「5文型」を勉強した。和訳にも英訳にも不可欠のルールでとてもたいせつなものだ。これは毎回の勉強に登場するよ。後半は「ショートストーリー」を全訳してもらった。こうして実際に書いてみると、自分の理解力がはっきりしてとても勉強になる。
 新2年生は山口書店の「重要構文101」のテキストを使って、文法のまとめと入試の和訳をやる。構文は英語学習の基本だから、毎回2課ずつ50週にわけて積み重ねていこう。これが入試英語の入門になるんだ。2年生YAさんの悩みは、学校で「文法」を特別に教えてもらえなかったこと。入試の文法問題は自分でやれ、ということのようだ。進学校はどこでも「文法問題集」と「参考書」をつかって1年次に週2回は授業をしているのだけどね。これから勉強する「構文101」のテキストでも文法の解説が載っているから、このプリントをやりつつ文法も復習していこう。
 SEさんも「101構文」をやった。まず「不定詞」の構文でHow to swimやwhat to readのような「疑問詞+to 〜」の使い方だ。不定詞は「未来」の意味を持つから「どうやって泳いだらよいか」とか「何を読んだらよいか」のように訳すよ。第2課では「be + to〜」が助動詞の働きをする場合を勉強した。
 EN君は前回、入試の整序問題で We took the greatest care of books. の受動態への書き換えが難しかったね。「本に最大の注意が払われた。」は2つの答え方があって、目的語がcareであるとすればThe greatest care was taken of books.だし、目的語がbooksなら Books were taken the greatest care of. となる。今日から「構文101」で一斉に「不定詞」の勉強を始めた。1年の文法を復習しながらコツコツ積み重ねていこう。
 3年生を卒業したYAさんのお父様がご挨拶に見えた。今月から新たに「大学生」として、英語力にさらに磨きをかけるという目標を掲げて「UG会」で学んでいくのでよろしく、というお話だった。自分の目標達成のために大学の授業だけでなく、様々な技術や資格を獲得しに塾や専門学校に通うケースが多い。ダブルスクールが将来の就職や海外留学、大学院進学などを達成するために望ましい。YAさん、今日はTOEIC検定の模試をやってみた。じっくり時間をかければどれも全て正解が出せた。すばらしい。あとは処理のスピードアップだね。 尾上

(追記)私のライフワークといえば勿論「英語教師」だけど、課外授業の部活で30年以上担当した「吹奏楽」の話をしよう。いまや吹奏楽ファンがすごく増えたおかげで、テレビでもFMでも吹奏楽の番組が放送されることが多いよね。しかし昔は主催者の「朝日新聞」に夏のコンクール結果が小さく載る程度で、世間の注目度は低かった。
 中学から大学までずっと「トラペット」や「サキソフォーン」「ホルン」のような楽器を吹いていたので、転勤先の「島田商業高校」では「吹奏楽部」の顧問を拝命した。コンクールの指揮は専門の音楽講師にお願いして私はお手伝いに徹していたが、次第に自分でも指揮がやってみたくなった。高校時代に「甲子園球場」で、野球応援のバンドを指揮したくらいの経験だけど。
 島田市内の仲間たちで指揮法の勉強会を開くなどして、次第に指揮棒も振れるようになったので、「島商」時代の最後の2年間には定期演奏会の指揮もやらしてもらった。ストラビンスキーの「火の鳥」がデビュー曲で、静岡市のコンテストでは1位になったんだよ。ピアノコンチェルトにも挑戦して、グリーグの協奏曲やガーシュインの「ラプソデー・イン・ブルー」もやったなあ。クラリネットのグリッサンドで始まる難しいジャズ風の大曲だった。LPレコードを製作して今も手元に残っている。
 9年後「御殿場南高校」に転勤するとすぐに吹奏楽顧問に任命され、私が顧問と指揮者を兼ねることになり責任が増えた。昭和54年のことで、アメリカの吹奏楽が盛んに日本にも紹介され、ネリベル、マクベス、デル・ボルゴ、リードといったすばらしい作曲家が次々と新曲を発表した。彼らは難易度でいうと4や5の最高位の作風で音楽性が高度で、コンクールの選曲にはぴったりだった。
 グレードの2や3は小中のブラスバンド用や教育教材に作曲したものだった。日本では音楽の授業といえば縦笛の「レコーダ−」を全員に持たせて相変わらず低レベルだけれど、米国では音楽の授業がなんと「オーケストラ」「吹奏楽」「ダンス」の3つから選択できる。必要な楽器が全部備え付けだからさすがリッチな国だ。日本も情操教育にはもっと投資しないとダメだよね。
 「御南」の吹奏楽部を担当した私のコンクール・デビューは、大編成でいきなり東部大会「金賞」だった。幸先の良いスタートを切った。エリクソン作曲の軽快な「序曲・祝典」で、今も時々演奏される名曲だ。YouTubeでみつけたので聴いてみたらすごく懐かしかったよ。(つづく)
2016/04/04 (Mon) 0:06


「今日はウナギだ!」を英語で言うと・・
「今日はウナギだ!」を英語で言うと・・
2016年3月31日(木)裾野市民文化センターにて 「これロダン?」
 先週、三島大社に「お花見」に行ったらまだまだつぼみでがっかり。美味しいコーヒーを探して旧東海道を「プラザ・ホテル」まで家内と歩いて行った。知らぬ間に一部が改装されていてギャラリーも立派になっていた。ここに彫刻家・高田博厚の作品が展示されていて楽しかった。いくつかはロダンの作風そっくりだったよ。
 高田博厚の略歴を見ると能登半島の生まれで、1919年に「東京外語大」のイタリア語科に入学したから私より40才くらい先輩だ。文学の才能にも溢れていたが入学直後に彫刻制作に没頭して大学を中退したらしく私の卒業生名簿には名前が載っていない。その後渡仏してロマンローランなどと交友をもち30年近く滞在していた。戦後帰国して鎌倉に住みこのホテルのオーナーとも親しかったらしくここに多数の作品が常設展示されているのはすばらしい・・・。

 今日は午前中「春期講習」の第2日目だった。「ゆうゆうホール」の駐車場に入ったら守衛さんに「今日はUG会さん、予約入ってませんよ・・」と言われてあわてた。ひょっとしたら、と向かいの「商工会議所」に行ってみたらやはりこちらに申し込んであった。TA君はじめ4人の参加者を9:30にホール玄関で待ち受けて移動してもらった。
 中学生のNI君は、「今日はウナギだ!」というような「日本語」をいかに「英語」に言い換えるか、という面白いテキストをつかって「英作文」の勉強をやっている。私が尊敬する「お茶の水女子大」の水谷信子教授のとてもユニークなテキストだ。初心者の英作文には楽しくってピッタリの良書だと思うよ。
 新2年生のENさんが加入しさっそく「春期講習」に参加してくれた。学校では終わったはずの「文法」が、進度が駆け足過ぎるためにどの高校生も実はまだまだ未消化のままだ。そこで特に難しかった単元を4つに絞って特訓している。前回は「比較」、今日は「関係詞」だった。
 さらに新3年生のTA君とNIさんが参加しているので「センター試験」対策をやることにした。80分・200点の試験を半分の40分・100点に作り替えたプリントでやってもらい自己採点してみる。日頃のUG会は「英文和訳」「和文英訳」のような記述問題が中心なので、「春期講習」で「マークシート」問題をやってみると個人の様々な弱点がわかる。紛らわしい4つの選択肢を正しくふるいにかけるにはどうするかを着実に勉強しよう。

 さて、今日はダブルヘッダーで大変だが夕方「裾野」に出かけた。新人のENさんが「春期講習」第3日目が都合悪いというので、こちらにも来てもらった。「仮定法」の問題を基礎から発展まで4頁に亘って勉強して、じっくりと問題を解いてもらった。後半の上級編はまだこれから2年生・3年生でマスターしていけばいいが前半の「基礎編」は今のうちにキチンと頭の整理ができていなければいけない。3時間の成果があってかなり理解が進んでよかった。
 新2年生のMIさんは前回「形容詞・副詞」をやってほぼ正解だった。Lateとlately、hardとhardly の違いなどよく理解していたね。few とlittleの使い分けは要注意だ。今日も入試の英作文をやったら、かなり良い英文が書けていた。日本語の動詞語尾「〜テイル」を見たらすぐに「進行形」と思ってはいけない。「今〜しているところだ」(1)というならOKだけど、「いつも〜している」(2)なら「習慣」を表すから「現在形」で書くし、「もうすでに〜している」(3)なら「現在完了形」を使わなくてはいけない。日本語教育では「テイル形」と呼んでいる。動詞の形には「ル形」「タ形」というのもあるよ。
 今日は最後の「見学会」で、20:00に新3年生がお母様と参加してくれた。「代名詞」の文法はほぼ正解。和訳も少しやってもらったらまだまだ伸びる余地がありそうだ。三島でも裾野でも都合のいい教室に出席できます。 尾上

(追記)自宅の書斎の棚に並んでいる一冊は私が2000年に提出した「修士論文」だ。黒い背表紙に金文字で The Grammar of the Verb «SEE» with Inanimate Subjects と彫り込んである。「無生物主語と動詞SEEの文法」という意味だ。「見る」という動作の主体が「人」ではない場合の英文がたくさんあるよ、なぜだろう?という研究だった。たとえば1997 has seen two economic developments. (1997年は2度の経済発展を見た。)のような、日本語に直訳すれば少し変な英文の研究だった。
 修士論文の厚さとしてはほぼ十分で120頁強の大作となっている。ワープロで打ちプリントしたものを小山町のなじみの印刷所に持ち込み、装丁を依頼して3冊完成してもらった。一冊は学芸大学の図書館に納められ、残りの一冊は担当教官の「鈴木猛教授」に贈呈した。
 巻末の参考文献のページを見ると内外の45冊がリストアップしてある。大学院で1年目から2年目にかけて読んだ文献の数だ。とくにこのSEEを使った実用例文を検索するのに苦労した。世界一の英語辞書OEDにも載っていないような例文を探してみたら、英国新聞のThe TimesやThe Gurdian などのデジタル版がCD化されていて、研究室から借り出すことができ大いに助かった。300ほどの例文を収集するのに大変な時間と労力が必要だった。
 「修士論文」のテーマを決めたのは2年目の夏休み、避暑がてら行った箱根の芦ノ湖畔だったのを思い出す。高校生むけの文法書にも2,3の例文しか載らないような項目だけど、予想以上に巾の広い用法であることがわかって興味が深まった。沼津東高校のALT、米国人のマリーン・ゲール先生にそれぞれの例文の信憑性を確かめながらの執筆だった。米紙Newsweekにもみつけた New York saw its first New Year's ball drop in 1907. (ニューヨークでは1907年に第1回目の新年のボール落としがあった。)は面白い例文だね。今でもタイムズスクエアでは大晦日のカウントダウンに合わせて、高層ビルの上から大きなガラス玉を落下させるよ。
2016/03/31 (Thu) 23:25


来週から新学年、明日から春期講習
来週から新学年、明日から春期講習
2016年3月28日(月)三島ゆうゆうホールにて 「スプリング」
 東京ではソメイヨシノが開花した、とのニュースが流れた直後に又寒波がぶりかえして上野公園のお花見はしばらくお預けのようだ。三島大社のサクラも見に行ったらまだまだつぼみだった。しかし標高500mの御殿場高原でも春は着実に近づいていますよ。我が家の裏庭にも私が植えた色とりどりのアネモネ。薄紫のハナニラもスノードロップもかわいい。モクレンも左右に大枝を広げて真っ白な花を一杯に開き始めた。下界よりも半月遅い春の訪れだ。
 「木の芽や草花の芽がスプリング、つまりバネのように飛び出す季節」。だから春はスプリング。明日の朝から「ゆうゆうホール」で4人が参加して春期講習がはじまるよ。2Fの教室の窓からはまた「楽寿園」の広い庭に吉野ザクラが咲きだし、もえぎ色の木の芽が噴き出すのが見えるだろうな・・・。

 東京の聖心女子大に通っているSUさんが退会することになって挨拶に見えた。3年生になるので東京に下宿していよいよ就職活動(就活)を本格化させるそうだ。「スイスに行って時計職人になる、という幼い頃からの夢もかなえたいなあ・・」とも。「女子大でロシア語とトルコ語も勉強したのだから、オデッサからイスタンブールまで船で黒海を越えてみたら・・・」、なんて私の夢の話も楽しかったね。これからもTOEIC受検を忘れずに英語の勉強を楽しんでください。
 2年生NIさんは前回「態」の文法と書き換え問題をやった。命令文でDo it at once.(すぐにそれをやれ。) の受身形は?Let it be done at once.(すぐにそれがやられるようにせよ。)のようにLet を用いるよ。They saw him go into the room. もhimを主語にすればHe was seen to go into the room. となって不定詞のtoが復活するよ。People often heard her speak ill of others. はherを主語に置きかえて She was often heard to speak ill of others.(人の悪口を言うのをよく聞かれた。)ここでもtoが復活しているね。
 今日は「101構文」の最終回で「全文修飾の副詞」を勉強した。文頭に置いた副詞のFortunately(幸運にも)が動詞だけを修飾するのではなく、後の文全体にかかっていく働きのこと。動詞の前でもいいけれど、文尾においてはいけない。Happily he didn't die.は「幸せなことに、彼は死ななかった。」となるけど、He didn't die happily. だと「彼は幸福な死に方をしなかった。」となって、「死んだ」ことになってしまう。英語は並べ方ひとつで意味が全く変わることが多いのだよ。Tom loves Sue. とSue loves Tom. が全く異なるように。
 中学生のNI君は前回「日本の庭園」という題の会話文を和訳してみた。文にand が見つかると△マークをしっかりつけられたね。そうしたら、A and A' という「ルール」を思い出して、A'と同じ種類(カテゴリーという)のものをその文の前の方に見つけること。 The leaves and the stones in a Japanese garden shine and look more beautiful. の英文では、the stonesの前には そっくりなthe leavesが見つかるし、動詞Vのlookの前には同じ shine が見つかるね。つまり主語Sは共通ということだ。「日本庭園の木の葉や石がキラキラ光って、もっと美しく見えるのです。」
 今日は2年生の最後に「関係代名詞」の使い方を勉強した。学校ではもうすぐ習うと思うけど今のうちにマスターしておくと余裕ができるし、深く知ることもできるよ。 
 今日は三島教室の「見学会」で、新2年生がお母様と1組だけ参加してくれた。小手調べに「関係詞」のプリントをやってもらったら、少々難しい問題もしっかり正解が出せるよ。理解はできているのに学校のテストの点数に反映されないという悩みの生徒は確かにいるね。たくさんの問題をこなすことで成績アップができると思うよ。まずは明日からの「春期講習」に参加してみてください。 尾上

(追記)20年前の夏休み、5日間の「沼津・理論言語学」セミナーで若い学生たちに囲まれて勉強しているうちに、いつの間にか私も「大学院」で勉強してみたいと思い立ち、今の教師の仕事を続けながら通学できる方法を模索し始めた。そして「生成文法」を学べる候補に浮かんだのが「東大」と「東京学芸大」だった。セミナー参加者の若いひとたちに励まされて。
 その一人「学習院大学」の院生には小田原の出身ということもあって親しくなり、入試対策でおおいに貴重なアドバイスをもらったなあ。彼女は私の御殿場南高校時代の教え子と従姉妹同士だと後で判明した。世間は狭いなあ。私が顧問をしていた吹奏楽部の出身ということで特に親しく、私たち夫婦が結婚式の仲人もしてあげたのだよ。
 11月の「学芸大」には余裕もあって合格したが、2月の「東大」は大変な激戦で不合格だった。東大の学部卒だけでなく社会人の女性たちがおうぜい受験していたよ。この2月はちょうど次男の交通事故にぶつかって何度もNYに飛んでいかねばならず、受験勉強どころではなかったのも敗因だ。
 99年4月からいよいよ「東京学芸大学」で私の大学院生活が始まった。教師をきちんとやりながらだから大変。2年間で修了の32単位を修得するには、金曜日と土曜日の2回通学すれば良いように時間割が組めたのは指導教官がたの熱意あるご協力のおかげだった。
 1対1の授業がほとんどで、読みたい研究書の希望も叶えられ実に恵まれていた。「英語史」の児馬修先生にも多くを学んだ。実は私の小学校の8年も後輩だと判明してびっくりした。同じ中野区立桃園第三小学校の卒業生だとは。世の中狭いなあ・・・。
 高校で金曜日の3時間目の授業が終わると、数秒を惜しんで履き替える間もなくサンダルでそのまま車に飛び乗り、沼津ICから東名高速で川崎ICまで突っ走る。大学は90分授業だから午後は13時に3時間目が始まる。これに辛くも間に合うようにいつも焦ったなあ。社会人の学生が多い大学院なので夜間の講座も多く、私は連続4コマの授業を選択したので合計6時間で、修了すると夜8時半を過ぎていた。
 翌日は土曜日だからゆっくり出発。東名を小田急バスに乗って、新宿から中央線で「武蔵小金井」のキャンパスまで通ったよ。なつかしいなあ。(つづく)

2016/03/28 (Mon) 23:25


関係代名詞の省略
関係代名詞の省略
2016年3月27日(日)森の腰中央公民館にて 「くっついちゃった」
 農作の仲間たちと「そば打ち」のパーティをやった。そば粉100gと小麦粉100gをかき混ぜて水を加えて捏ねる。ボウルの中で300回捏ねるとちょうど耳たぶの硬さになる。麺棒で5ミリくらいに平べったく広げたら折り重ねて包丁で細く切る。初めての人ばかりで男も女も失敗しては大笑いの調理教室になった。しかし自分たちでタネを播いて育てて収穫したソバは、思い入れが強い分だけうまさも格別だったよ。
 このそば粉は昨秋、みんなの畑で収穫したもの。1kg買ってきた種を蒔いて育てたら、とれた蕎麦の量はわずか1.5キロほど。どんな荒れ地でも育つというふうに聞いていたけどなかなか難しいね。私は昨年市内の「樹空の森」に隣接している「おそば屋さん」で5回ほど修行したけどあまり自信がない。元幼稚園の先生だったTAさんがとても上手でどんどん指示してくれて、各人1玉ずつの蕎麦をなんとか大鍋でゆでるところまでできたよ・・・。

 SEさんは前回「名詞・冠詞・代名詞」をやった。文法や整序問題はほぼ正解だったけど「英文和訳」が不練れなようだ。It is not easy for Japanese people to know 'shun', because there are many kinds of food they can get in all four seasons. 前半の「主文」と後半の「副詞節」がカンマで切れているときは、和訳も一度切っておくこと。「日本人が旬を知るのは容易ではない。」と訳してその後に理由を付け加えると良い。「それは4つの季節で手に入る食べ物の種類がとても多いからだが。」大事なことは「動詞」に十分注意を払うこと。ココでは他動詞getの目的語がないね。それは「さまざまな食べ物」をさす代名詞themがwhichにかわってtheyの前に出たけれど、省略されている訳だ。
 4月から大学生のYAさんはTOEICの第7パート「広告文などの読み取り」をやってみた。どれも設問4つのうち3つは正解だったね。ひとつだけ紛らわしい選択肢がまざっていてこれをクリアすれば80%の得点率が達成できる。努力の積み重ねが期待されるね。後半は「英作文」をやってみた。大学で必要とされるのは「表現力」だ。Speakingでも実際はWriting の力が反映されないと説得力のある話し方はできないよ。
 今日は新聞の折り込み広告に載せたように20:00から「見学・説明会」を始めた。合計で3組の生徒とお母様が参加してくれた。それぞれプリントを10分ほどやってもらって学力をみさせてもらった。新2年生が2人と1年生で、いずれの顔にも意志の強さが感じられUG会のメンバー合格だ。来週から一緒にやりましょう。 尾上

(追記)沼津の北西部、「根方街道」沿いの沢田に「大中寺」という古刹がある。鎌倉時代に「夢窓疎石」が創建し、奥庭には皇室ゆかりの「恩香殿」が大切に保存され、たくさんの梅の名木に囲まれた落ち着いた雰囲気で大好きなお寺だ。ここの本堂で20年前の夏休み、英語ばかりが飛び交う5日間の勉強合宿があって私も参加した。ご本尊の真ん前でアメリカ人が一日英語をしゃべる。
 新しもの好きの和尚さんの快諾を得て、市内のある学習塾の塾長さんが私財を投じて「地方都市・沼津の活性化」のために「理論言語学」の夏期セミナーを企画した。日本国内では英語学会や言語学会で「革命的」な言語理論がさかんに討論され、東大や教育大・慶応・ICUや津田塾大などに先進的な研究者がおうぜい輩出していた時代。静岡大学の英語科教授・船城道雄先生を通じて、筑波大学の原口庄輔教授が主管となった。
 「大中寺」は私が勤務する沼津東高校からは目と鼻の先で、「こんな田舎で全国規模の言語学セミナーがやれるのか?」とおどろいたが、「私のために神様が仕組んだの?」という思いで真っ先に参加希望した。高校教師は私一人で、ほとんどが「チョムスキー」の言語理論を研究している若い大学院生や講師たちだった。世界の6000の言語に共通する文法(UG)がある、というのは何とも魅惑的な仮説だと思いませんか?
 ここで初めて沼津駅前ヒトスギ塾の「一杉真城」という発起人で運営のマネージメントを仕切っている人と知り合いになった。2人でお寺に一緒に寝泊まりして、一杯かたむけながら若い頃の武勇伝を聞いた。大阪府立大学の出身で、青春時代を学生運動や演劇活動に燃やしたそうだ。私も兵庫県西宮市の甲陽学院の出身で同じ関西出身である親しみも交友にプラスした。かつては「アフガニスタン」の少年ムハマド君を来日させ、テロでケガした目の手術ができるよう手配した人でも知られた人だ。TVのニュースにもその姿が映った。
 5カ年計画の第1回目は米国コネチカット州の大学(UConn)から招聘したレイ・ジャッケンドフ博士だった。新聞紙上で広告を出したので、北海道から九州まで広い範囲から応募して来た研究者や学生が30人くらいで皆このお寺や市内のホテルに寝泊まりしてこのセミナーに通った。5日間の連続講義はとても高度な内容だったから半分も理解できなかったけど、チョムスキー博士の研究を直弟子ともいえる先生から教わるのは素晴らしい体験だったよ。
 その中にかの若き「渡辺明」が、まだどこかの講師だったろうけど一日だけ勉強会に参加して、周囲の人にかなり高度な話しをしていたのを覚えている。その後母校の東大の大学院教授になろうとは、そしてこの人が私の高校の後輩であったとはつい先日になって知ったよ。(つづく)
2016/03/27 (Sun) 23:48


「時間構文」〜するかしないうちに・・・
「時間構文」〜するかしないうちに・・・
2016年3月24日(木)裾野市民文化センターにて 「旧太郎坊スキー場」
 真っ青な空に富士山がすっきりとした姿を見せてくれた朝、御殿場口5合目の「太郎坊」に向かった。トンネル脇の空き地には東京近辺からの車が数台停まっている。スパイクつきのブーツで雪を踏みしめながら林間を登っていくのは楽しいよ。お彼岸も過ぎて気温も高く雪も大分溶けて、ズブズブもぐるような箇所もないから持参の「かんじき」も用がない。
 シカが雪原を縦横に走ったらしき足跡をたくさん発見。1時間ほど登って6合目の「長田小屋」まで来て見上げると、真っ白な山が4つ連なって見える。下双子山、上双子山、宝永山そして富士山と。昔はこのあたりに御殿場市営のスキー場があって、簡易のリフトも営業していた。息子たちもよくスキーをしたりそり滑りで遊んだ。さあ、私も童心に返ってこの赤いソリで一気に滑っておりようか・・・。

 2年生のTA君は「注意すべき構文」としてThereで始まる「倒置構文」が、進行形や受身形の動詞の場合を勉強した。このbe 動詞はいわゆる「存在」の「〜がある」「〜がいる」という意味ではなく、「進行形」と「受身形」の一部だ。だから「今朝はほとんど作業はなされなかった。」はThere was little work done this morning. となる。今日の重要構文では英文がずいぶん正確に和訳できるようになったね。
 1年生のMIさんは「形容詞・副詞」の問題がほぼ完璧にできた。I had not gone so far before it began to rain. は「雨が降り始めるまでにはそれほど遠くまで行っていなかった。」でもいいけど、「それほど進まないうちに雨が降りだした。」のように後半に焦点をおく訳し方が一般的だ。ちょっと語句を入れ替えてI had hardly gone so far before it began to rain. となると「それほど行くか行かないうちに雨が降り出した。」といういわゆる「時間構文」に結びつく。
 御殿場教室のSEさんがこちらに参加した。前回は入試の英作文に挑戦した。横浜市立大の「必要なときに誰とでも英語で自由に話しができればと思う人は多い。」では、後半は「願望」の文であるとわかれば、 Most people wish they could talk と「仮定法」の動詞が使える。その後に前半部の easily with anyone when necessary と続ければいい。「自由に」はfreely やnaturally より「容易に」easilyと考えた方がよさそう。「文法」は「否定」の上級レベルを勉強した。これも入試のレベルに近いから難しかったね。Noやnotを使わないでも「否定」の意味になる表現がいくつもあるからしっかり覚えていこう。
 1年生EN君も都合でこちらに出席した。関係詞のA「関係副詞」やeverのつく「複合関係詞」をやったらどれもほぼ正解だった。「特殊構文」では「無生物主語の文」が少々難しかった。「物が人に〜させる」、という不自然な日本語になる英文のことで、This picture reminds me of my school days. 「この写真は私に学生時代を思い出させる。」という変な直訳を、「私」を主語におきかえてパラフレーズしてみるといい。「私はこの写真で、学生時代を思い出す。」のように。
 金沢大に合格したKI君がいよいよ最後の授業となってお母様もご挨拶に見えた。山梨大の4年生になるお兄さんも努力家でこのUG会の優等生だった。今度は大学院進学を模索しているらしい。KI君も兄貴に続いてガンバレ!今日もTOEICの過去問を少しやってみた。文法はセンター試験よりも易しいけど、語彙やイデイオムを問われる問題が多かったね。将来の進学にも就職にも英語が重要だと痛感しているようだね。金沢大も一昨年、文科省が推進する「スーパーグローバル大学」の全国26校の一つに選ばれたそうだから、英語学習にはきっといい環境に恵まれると思うよ。専門の建築学でもおおいに力を発揮して欲しい。 尾上

(追記)私にライフワークと呼べるものがあるとしたら「吹奏楽」と「言語学」かな。大学4年の時に出会ったチョムスキー博士の「生成文法」は、文の構造を研究する「統語論」の革新的な見解だった。UG理論ともいうからこの「UG会」の出所でもある。欧米人でもアジア人でもアフリカ人でも人類が共通に持っている(らしい)Universal Grammar(普遍文法)の略だ。
 高校教師をやりながらもまるで趣味のひとつのように50年間も「ことば」の勉強を続けてきたのは私の誇りだ。(バカのひとつおぼえ?)定年直前に「東京学芸大学」の大学院進学も果たして修士号もいただいた。若い言語学者たちの登竜門ともいえる「英語学会」の研究大会に、発表者のひとりにも選ばれた。東大駒場の文系校舎の大教室が満員になるほどおおぜいの学者や教授たちを前に、私の修士論文の担当教官の鈴木猛先生と共同発表したよ。テーマは「動詞SEEの研究」だった。
 東京外語大4年の時、澁谷のビルで開催した「理論言語学講座」に毎週通ったのがきっかけだ。「新しい言語学発展のため」と東大の服部四郎教授(音声学)が提唱して、外部から有能な学生を新聞で公募し授業料無料で講座が開かれた。外語大からは私だけだったけど、他大学の院生や早稲田の教授という方も一緒に机を並べた。東大、慶応、早稲田、上智大などの言語学のトップの先生方から多岐に亘って学んだ。「音声学」「社会言語学」「マルチネ言語学」などを受講したが、中でもまだ出版されたばかりの「チョムスキー言語理論」を手ほどきしてくださったのは東大の藤村靖先生だった。MIT留学で学んだ「生成文法」(当時はまだ「変形文法」と呼んでいた)を「原書」で読むところから始めた。
 この米国ボストンにあるMIT(マサチューセッツ工科大学)のチョムスキー博士に弟子入りして、博士号Ph.Dをとった日本の学者がほかにも数人いる。「日本英語学会」では著名な人たちだが、そのひとり東大大学院の「渡辺明教授」は私もお会いしたことがあるが立派な研究者だ。英語の「疑問文」で WH-が文頭に移動する仕組みを解明している。古代日本語にも同じ現象がある、というのだ。
 先日母校「甲陽学院」の同窓会報が届いたので開いてみたら、なんとこの「渡辺明」の写真がのっているよ。昨年秋、母校の講演会に招かれて「ことばの研究」という題で話をしたというではないか。同窓会名簿を開いてみたら、64回生のページに発見!私が43回生だから20才くらい年下だ。へェー!私の後輩だったのかあ。まったく知らなかったよ。世の中、狭いなあ。
2016/03/24 (Thu) 23:54


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