Simple Life


詩
以前の勤務先で同僚だった
友人から
「地下鉄の中刷りになる
[メトロ文学館]の優秀作品に
選ばれたので、
見に行きませんか?」
とお誘いがあった。
日本橋駅のコンコースに
入賞作品以上が展示されている。

彼女の作品は、
10月から12月に、
メトロ車内にお目見えする。

亡きお父さんとの思い出を
綴った詩だ。

彼女は、私の英語の師匠でもある。
数カ国語が堪能で、
言葉に対するセンスのある人。

彼女の詩は
初めて読ませてもらった。

私は、
どうしよう。。。。
やはり、小説かな。。。


2017/07/29 (Sat) 16:49


SADE
SADE
通勤のお供に聴く
iPhone から流れてくる音楽は
SADE. のアンニュイな声。


Malawi時代に出会った
とてもお気に入りのアーティストである。

大人の女性の知的な彼女の声を
久々に聴いていると
遠い夏の日々、
アフリカMalawiでの
若き日の私がよみがえる。

Jacarandaの薄紫色の
咲き誇るブランタイヤや
ゾンバの街並みが
鮮やかに思い出される。

その空気の匂いを含めて
全てが愛おしい。

私の青春が
輝いていた私が
その風景の中で
存在していたこと、
それは、
私の生きて来た、
否、
私の全人生の中で
かけがえのない時間として
死ぬまでずっと、
死ぬ前にも、きっと
私の心を支えて行くだろう。

嗚呼、
これから何年生きて行くのかは
神様に委ねて
でも、
ずっと死ぬまで
前に向かって
私は、
最善を尽くして行くのだろう。

SADE. の歌うアルバム
それら全てが
その時 その時を
もがき、悩み
そして、幸せだったと思える
そんな自分の宝物の存在を
再認識させてくれた。

2017/07/21 (Fri) 23:03


慎重な行動
慎重な行動
今日は

パラグアイ時代の専門家仲間である
千葉に住むご夫婦と再会。

旦那さまが、イタリアのローマにある
FAO に出向していたのだが、
3年の任期を終え、
この5月末に本帰国したので
久々にお二人に揃って会えた。

東京駅近くのkitte 東京 の
人気のお寿司やさんで、
並んで やっとありつけたランチ。

でも、とても美味しかった。

グルメなお二人
お眼鏡にかなったお店。
さすがである。

東京駅周辺には
とんとご縁がなかったので、
ちょっとした小旅行気分になれた。

一つ上の息子さんを持つ
親として、色々気兼ねなく
話せて、
私のシビアな仕事環境を
共有してもらえた。

ありがとう!
謝謝 。

久々に、楽しい休日になった。

明日から、
冷静に、どんと構えて、
仕事に向かおう。


2017/07/09 (Sun) 21:21


判断ミス
判断ミス
今週も
目一杯のスケジュールの中
その場の判断ミスで
ことが思わぬ方向に展開してしまう
事柄が続いた。

それのほとんどは、
負の方向である。

(続きはまた改めて。。。。)
2017/07/08 (Sat) 23:15


JAL 航空機事故の教訓
JAL 航空機事故の教訓
今日、
職員勉強会があったので、
参加。

1985年8月12日
524人の乗員乗客を載せた
日航ジャンボ機墜落事故で亡くなった
被害者の遺族であり、
事故連絡会の会長をされている
美谷島邦子(みやじまくにこ)さんを
講師に迎えて
講演会を聴く機会を得た。

この日航機事故のあった1985年8月12日のことは
鮮明に覚えている。

それほど衝撃的な事故だった。

あの日、私はいつものように仕事を終え、
帰宅して何気なくつけたTVのニュースに
釘づけになった。

「18時20分 羽田発大阪行きの日航ジャンボ機
123便が消息を絶った、」

という。

夜になった影響で、なかなか機体を発見できない。

翌日、
乳牛の結核検査で、JAの職員さんと
農家まわりを終え、昼食をとるために入った
うどん屋さんに備え付けられたTVに
正午のNHKニュースが流れていた。

そこに映し出された事故現場の航空映像。

私は、強い衝撃を受けた。
今でのその映像は克明に思い出される。
夏の強烈な日差しを受けた
緑濃い樹木でおおわれた御巣鷹の尾根に
茶色くえぐり取られた山肌と
白煙が立ち上る無残な事故機の残骸が
広がっていた。

それを思い出すと、心臓の鼓動が激しくなる。
今でもそうだ。

524名のうち、520人が犠牲になった。
航空機事故史上 最悪の事故だった。

原因は、ボーイング社の修理ミスによる
圧力隔壁の破裂による垂直尾翼の破壊
および
機体尾部の破壊。

操縦不能になった123便は、
機長ほかクルーの懸命な機体修正作業もむなしく
御巣鷹の峰に突っ込んでいった。

この墜落までのボイスレコーダーが公開され、
緊迫するコックピット内の最期の様子を
知ることができる。

昨夜、久しぶりにYou Tube に公開されている
この音声を聞いた。

機長の「がんばれ、がんばれ」という声や
「もうだめだ」
そして、地上接近警報と
音警報合成音の
「Pull up ! Pull up!」

18:56:26 衝撃音

これで、録音は終了している。

何度聞いても、胸が締め付けられる。


今、私はこのような事故に関する
国民への情報提供を担当する部署にいる。

1985年のあの夏以来、
わたしには、何かもっと大きな使命、
世の中の役に立ちたい。。。
そんな思いに駆られて、
国際協力の道に進んだ。

そういう自分の歩んできた仕事人生の
これが集大成になるのではないかと
改めて思えた。

日々、大小のストレスがあるが
そんなことは、
あの暑い夏だった1985年8月12日の
うどんやさんで観た 御巣鷹の尾根の事故現場、
それを思い出して、
自分に叱咤してゆかなければ。

こんなふうに、当時小学3年生、9歳だった
美谷島健ちゃんという
息子さんを亡くされたお母さまから
直にお話を伺える機会を得られたのも
現在の業務についているからなのだから。

国民の安全・安心のために、
霞が関から発信してゆこう。

そして。。。
紹介いただいた、羽田にある
日本航空安全啓発センター見学や
御巣鷹山への慰霊登山

事故から32年を経た今年こそ、
行ってみようと思っている。



photo : 内閣府2Fにいる「北方領土エリカちゃん」
    エトピリカの「エリカ」です。
2017/07/04 (Tue) 23:47


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