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世界の運行
答えだけを求める人は成長しない。‥‥と、いうようなことを思った。

なつさんが書かれていた
「分かるというのは『分ける』つまり何かと何かを分別するということにすぎなくて、それは実は答えにはならない。二元性を越えていかなくては。」

というある仏教学者という人の言葉を読んでの連想で。

‥‥単なる思いつきだけど、たとえば月の満ち欠けというのは、世界の運行であり、『満月』『新月』という瞬間はあったとしても、それらは実際にはどこにも存在しないわけですよね。存在しないというか、それだけで単独で在るわけではない。『分ける』というのはつまりそのようなことではなかろうか。
瞬間に名前を付けて切り出せば、納得感は得られるかもしれないけれど、納得をすることにどれほどの意味があるのか。
そんなことよりも『運行』そのものに目を向けてみなさいなと。

単なる連想なのですが。

2012/09/29 (Sat)



来る週末
来る週末
『くる』週末ではありません。『きたる』です。最近の若者は『きたる』という読み方(?)を知らないことが多いという話をどこかで読みました。
あと、二十歳そこそこの子達で『卑しい』という言葉を知らない子が結構いるという話を友人に聞いて、驚いたわたしが「え!そうなの!?‥‥まあ、きょうび『卑しい』ってあまり使わないかもね」と言ったら間髪入れず「『きょうび』も今時使わないけどね!」と言われたことを思い出しました。ふ。

そんなことはまあどうでもよいのだけど、今週末は楽しみなことが二つあって、とてもワクワクしている。

まず土曜日には、近所の多摩川河川敷に七輪を出して、プリプリの秋刀魚その他を焼きながらお酒を飲みおしゃべりをするという遊びをする。断じてBBQではない。暗くなってきたら焚き火もしたいな。
皿屋敷とかいう友人(http://twitter.com/sarayashiki)が、超美味しい秋刀魚を用意してくれ、尚且つ超美味しい秋刀魚で究極の酢漬けを作ってくれるというので、今から楽しみで仕方が無い。
台風を心配していたけれど、なにやら大丈夫みたいなので一安心。翌30日が中秋の名月なので、プレ月見も兼ねているつもり。(勝手に)

去年もその前の年も、お月見の日は河原で友人たちと焚き火をして遊んでいたよ。年に何回かのこの遊びがしたくて、わたしは多摩川のそばに引っ越したのだ!
一昨年は日が暮れる前の空に、巨大な雲がモクモクと発生して、その雲の中で稲妻がビカビカ光っているのを「ラピュタみたいだなー」と思いながら眺めたのをよく覚えている。怖かったけど、それ以上に美しかった。
今の時期は河原に彼岸花が咲いていたりして、とてもキレイだし、秋の月はいつだってうっとりするほど美しい。そして七輪で焼く秋刀魚の美味しさは異常。キノコや肉も焼こう。

そして日曜日には、ちょっと人には言えない集いに行ってきます。人にはちょっと言えないので、ここで報告することは無いけれど、これまた楽しみ。

あと、この前書いた胴体力の講習会には、早速来月早々に参加することに。何から何まで楽しみすぎる。

写真はいつかの焚き火。火は美しいですね。
2012/09/27 (Thu)


不安ではなく希望を
不安ではなく希望を
ところで一つ前の記事に書いた本ですが、これを読んでいてわたしが感動したのが以下の一文。

(プロスポーツ選手も含めて、胴体と手足がうまく協力して動けている人はほとんどいないとした上で‥)以下抜粋。

----------------------
でも、身体の動きが悪いこと、身体がかたいことを逆に喜んで下さい。今の身体のレベルが低いほど、身体の動きを変えるだけで、今の何倍も身体が動くようになり、元気も出るわけですから。
----------------------

この一文だけで、なんというか、そのお人柄が伝わってくるなと感じた。
今ここにある事実を否定するのではなく、今と今に続く未来に希望をもたせる感じが。

今や過去を否定するのは簡単なんだけど、否定から続く未来ってのはどうなんだろうねと、自戒も込めていつも思っているので、このなんてことのない一文が、わたしのアンテナに引っかかったのかもしれない。

不安からではなく、希望から未来を作りたいですよな。
2012/09/25 (Tue)


熱
先日、ブリージングで推奨されている本を一冊買った。伊藤昇氏の『気分爽快!身体革命』というもので、この伊藤氏が、古久澤先生の師匠という方だそうです。(先日書いた「人の身体は60歳からがピーク」というのもこの方がおっしゃったことでした)

古久澤先生のメルマガや何かで、伊藤氏のお名前は度々目にしており、勝手なイメージで仙人みたいな枯れた老人だと思い込んでいたけど、お写真を見る限り予想外に若く、爽やかな印象の方だったようだ。(残念ながら10年前にお亡くなりになられているのですが)

さて、この伊藤氏が提唱していた『胴体力』というのが、ブリージングの体操の基礎になっているようなのだけど(多分‥)、これが非常に面白い。
身体を動かす時には、動きが目立つ手足にだけ意識が向きがちだど、胴体との連携が非常に重要であり、胴体の動きというのは、複雑そうに見えても『伸ばす/縮める(俊敏な動き)』、『反る/丸める(しなやかな動き)』、『捻る(パワー・活力)』の3つに集約されていて、これらの動きを洗練させて、正しく爽快な身体の使い方を目指しましょうというのがその主旨になる(‥ようです)。
そして、『気分爽快!身体革命』では、実際に正しく身体を使えている人がいかに少ないか、正しく使えないことにより、どのような弊害があるのか、逆に正しい使い方さえ出来れば、どれほどまでに爽快に日々が送れるかというようなことが書いてあり、具体的なトレーニングの方法も写真付で解説してくれている。

わたし自身、日常生活や以前友人にヨガを教えてもらっていた時などに、自分が手足をパタパタ動かしているだけで、身体の真ん中から動いていないなというのは、すごく感じており、きっとそれよろしいことでは無いのだと考えてもいたけれども、だからといって、ではどのようにすれば真ん中から動くことが出来るのかなど知る由もなく、常日頃ぎこちない動きしか出来ずにいた。(っていうか、無論今も‥)
しかし、『胴体の動きというのは要するにこの3つしか無いんだよ』ということを知りさえすれば、後はコツコツ訓練をするだけなのだから、俄然ワクワクしてきたよ。

調べてみたら、伊藤氏が主催していた道場(?)は現在も存続していて、定期的に胴体力の講習会など行っているようなので、今後の参考に近いうちに一度は参加してみようと思う。

この世に生まれてから死ぬまで、一生何があっても自分と共にあるのは、この心身だけなわけだけど、特に身体に関しては正しい使い方を肉体に覚えさせれば覚えさせるほど、(ほんの少しずつであっても)まず間違いなく爽快になってゆくので、もう楽しくて仕方が無い。

最近の日記は、こんな風に身体のことばかりで、やや呆れられている感もあるけれど、熱は放っておけば冷めるだけですから、熱い内に大事に育てないとな。

火というものが我々の日常から隠されてしまった現代では、ボタン一つで簡単に熱が生まれると思っている人が多いかもしれないけど、たとえば焚火をするとよくわかるのだけど、実際火をおこし、育て、守るというのは大変な手間とエネルギーを使う。着火材やチャッカマンを使ってでさえ、大変なのだ。

同じように、情熱というのは育てるものなのだなと、最近、思う。

ところで、わたしは自身のセルフイメージとして『爽やかさ』というのは1ミリも持ち合わせていなかったのだけど、最近は「わたしは意外と爽やかなヤツなのかも」と思うようになってきたよ。
爽やかって、よいものですな。
2012/09/25 (Tue)


ローズローズローズ
ローズローズローズ
最近美味しかったスムージー。『水菜、洋梨、バナナ』。洋梨は、そのままで食べるとなると、わたしは何故かあまり得意じゃないのだけど、スムージーに入れると異様に美味しい。水菜は初めて使ったけど優しい味で良いですね。『ブドウ、バナナ』の組み合わせはいつ飲んでも美味しい。
桃の季節が過ぎてゆき寂しい限りだけど(果物の中で桃が一番好き)、柿など出回ってきてるので、今度使ってみよう。もっと安くなったら。

ちなみにわたしはたいていの場合、一日1リットル飲んでます。朝にガーッと作ってまず半分飲んで、残り半分は帰宅後の夕食前に飲む。 (半身浴をしながら飲んだりもする)
何らかの事情で夜飲めなかったら、翌朝飲む。

スムージー生活とブリージング(体操)に関しては、不思議なくらいに『飲まなきゃ』『やらなきゃ』という意識が一切無くて『飲みたい!』『やりたい!』で楽しんでる。
ブリージングは始めたばかりなので、(今のところは)という括弧付きではあるけれども。

さて、ローズウォーターを購入しました。薔薇の水です(そのまま‥)。どうやって作るのかは知りません。なにしろ薔薇の水なのです。化粧水代わりに顔にスプレーしてもいいし、飲んでもいいのですが、薔薇の香りが美しくて幸せになります。
わたしはもう15年ほども化粧水は自分で作ったものを超安上がりに使ってるけど(水、グリセリン、尿素)、それを作るときに使ってみようかなと思って買った。
しかし、試しに飲んでみたら、これまた薔薇の香りで幸せになるので、寝付かれない夜などに良いかもしれない。飲むときはかなり薄く稀釈してもよいみたいで、カップ一杯の白湯にティースプーン一杯垂らしただけで充分に楽しめる。
瓶も可愛くて、空になったら部屋に飾りたいくらい。ルームスプレーとして使ってもいいな。

薔薇色の日々‥。
2012/09/23 (Sun)


スキップビート
スキップビート
今年に入ってからこっち、とにかく身体についてはよく考えている。
3月くらいから初夏にかけては、毎朝多摩川土手を1時間くらい裸足で歩いたり踊ったりしていた。(その頃の日記を読むと色々書いてあるけど、夏は流石にツライので中断してまだ再開していない‥。ふ‥。)
一番面白かったのは、土手の斜面をひたすらウロウロと縦横斜めに(時には後ろ向きにも)歩き回ることで、その時に「自分の身体が自分の思い通りに動くことが喜びだった時期というのが、人生の初めの頃にあったな」と、そんなことを考えていた。
生まれてからしばらくの間というのは、自分で思った通りの動きが出来ないわけだけど、身体の成長とともに、その使い方も覚えて来て、その時期というのは、とにかくそれが(思った通りの動きが出来ることが)面白くて仕方なかったように、思う。
まあ、記憶の捏造の可能性大ではあるが、子供が楽しそうにずーっとスキップをしているのとかは、やはりそういうことなのではないかと想像する。

さて。昨日、ブリージングで初めて古久澤先生のクラスに参加したのだけど、「(しゃがんだ状態で)ココの筋肉を開発して、ココに≪乗る≫と、なんの力み無く、まるで引っ張られるように立ち上がれます」(※正確な言い回しではない)と、動きを見せてくださったのが、とにかく美しかった。すーーっと、なんの反動(予備動作とか言うのかな?)も無く立ち上がるのですよ。すーーっと。

わたしは、まずスポーツが好きじゃないし(観るのも自分でやるのも)、舞踊などを見る習慣も無いので、あまり人の身体の動きをマジマジと観察することは無いのだけど、例えばマイケルジャクソンのパフォーマンスとかを観ると胸が震えますよね。あと元格闘家の須藤元気の入場パフォーマンスとか好きだった。
「キレイだなー」と思って感動する。なんと言うか、意思と肉体のブレが少ないように、見える。(須藤元気は、今もパフォーマンス集団みたいなのやってますよね)

美しい動きというのは、人を感動させます。ひとえに日々の訓練の賜物なのだろうけど、実は大喜びで延々スキップをしている子供みたいなもので、誰よりもきっと本人が一番楽しいのだろうなと、そんな風に思う。

自分の思い通りの動きが出来たら、何をしていたって楽しいだろうけど、それにはまず、どのように動きたいのかが明確になっていないとダメなのだろうな。

クラスで聞いた面白い話。
呼吸法というのは、すでに身体が出来ている人向けのメソッドであるので、なまじ身体が歪んだまま呼吸法をかじっても、その歪みを増幅させるだけなので、まずは身体を作りましょうとのことでした。


写真は引き続き鎌倉長谷寺にて。
2012/09/20 (Thu)


雨には降られませんでした
雨には降られませんでした
祝日であった月曜日は、ブリージングストレッチの古久澤先生セミナーが鎌倉で行われたので、意気揚々と参加してきました。
通常の体操教室とはまた別に、各地でテーマを決めたブリージング理論のセミナーも開催されているのです。

ちなみに、今回のテーマは『顔』。

顔は身体の縮図なのだそうですよ。
詳しい内容はもちろん書けませんが(書くのは簡単だけど、自分の大切なお金と時間を費やした人に申し訳無いですから‥)、たとえば眉の高さは鎖骨に対応しているとか(高さの左右差はそのまま鎖骨のゆがみをあらわす)、頬骨は肩甲骨に対応しているとか(頬骨が硬い=肩甲骨が硬い)、そういったことです。

例えば内臓というのは直接触ることが出来ないから、足裏の反射区と言われているツボを刺激することで間接的にマッサージしますよね。それと同じことを顔でも出来るみたいです。
(先生がそう説明されたわけではありません。わたしがそのように理解しました。間違った理解だとアレなので念のため)

で、前から書いているように身体と心は相互に援助し合い影響し合っているわけだから、普段の心持ちの積み重ねというのは全て顔に現れているわけで、逆に言うと、顔の凝りをほぐして老廃物を流せば身体にも変化があり、それに伴い心持ちも変わりますよね。

あと、顔の強ばりが解ければ表情も変わりますから、周囲に与える印象だって変わらないわけがない。
先日【仏頂面は社会悪】の話を書いたけど、自分のためのみならず、他人に対する影響も考えて顔面(表情)のケアは大事だなと思いました。

セミナーでは実技というか、セルフマッサージのやり方も教えて貰ったのですが、顔面の筋肉というのはこんなにも凝っているものなのかと吃驚。
わたしは化粧もほとんどしないし、顔の手入れを熱心にするタイプではないので、長時間自分の顔に触れるということがあまり無いのですが、凝りっぷりの現状把握が出来ただけでも良かった‥。
特に凝っていたポイントが身体のどこに対応しているのかを考えると、なるほどと納得せざるを得なかった。怖い怖い。

セミナーは時間にしてほんの2時間ほどだったけど、密度が濃すぎてまだまだ消化出来ていない。(走り書きしたメモを清書しながら復習‥。)

しかしアレですよ。どんなに良いことを教えて貰っても、それを活かせるかどうかは自分の心がけ次第なので、宝の持ち腐れにならぬようにしなくては。

『“知っている”と“やっている”と“出来る”は全て全然違う』
とは古久澤先生が(どこかで)おっしゃっていた言葉。

写真はセミナーの終了後にみんなで訪れた長谷寺から見上げた空。雨には降られませんでした。
2012/09/19 (Wed)


神秘体験を凌駕した日常
先月の話ですが、OL生活を捨てて出家された女性とお知り合いになる機会があった。4年前から江の島にある空海ゆかりのお寺にて修行をされているのだそうだ。

日曜日に彼女がお茶会をされるというので友人と参加してきた。(茶室でやるアレではない)
空海の生涯(誕生から唐に渡るまで)のお話や、出家された彼女の師匠である池口恵観という方の、前人未踏の百万枚護摩行の話等々をお聞きしたり、絵本の朗読に耳を傾けたり‥というひとときでした。

百万枚護摩行というのは、一日一万枚の護摩を100日間に渡り延々焚き続けるという荒行で、今まで誰も成し得なかったことだそうです。
護摩行といわれても、今回お話を聞くまでピンと来なかったけど、当たり前だけど信じられないくらいに熱いんだそうです。修行を積んでいないと、顔や瞼が火傷で爛れてしまう。(そんな当たり前のことにも想いが至らなかった。わたしの想像力、乏しい‥)
300度にもなる炎を前にして100日間真言を唱え続けるというのがどれほどのことなのか、想像を絶しますが、わたしが注目したのはそれほどのことを成し遂げて尚、奢らずにいられるような器を育むにはどうしたらよいのかということ。

オウムが社会を騒がせていたときに読んだ、あるお坊さんのお話が、今に至るまでずっと心に残っている。
出家して修行の日々を送り続けていたある日、座禅の最中、その人に神秘体験が訪れたのだそうだ。宇宙との一体感。すべてがわかってしまったような全能感。「俺は解脱した!何も怖くない!」と思ったのに、師匠からは「修行を続けるうちに様々な体験をすると思うけど、それらにとらわれてはいけないよ」と静かに諭されてしまった、と。
本人は解脱したつもりでいるから、師のその教えを納得することがなかなか出来ず、腑に落ちるまで10年かかったのだそうです。

昔この話を読んだときには、「その心境に至るまで10年も掛かるものなのか」と思ったけれど、今は「わたしなら10年かけてもその心境には至れない。多分‥」と思う。

優越感(裏返って劣等感)というのはそれほどまでにやっかいで、しぶとい。(やみくもにそれが『悪い』とは、言わんが)
そのやっかいでしぶとい『あれやこれや』にとらわれずにいるために日々の修行があり、神秘体験はオマケであろうと思っているのだが、さてどうなのだろう。


お茶会ではほかにもなにやら想ったりしたけど(例えば、その女性が出家されたということについても)ひとまずこれで。

2012/09/17 (Mon)


老いの楽しみ
老いの楽しみ
最近美味しかったスムージー。『巨峰・バナナ』『梨・キウイ』『いちじく・梨』。巨峰は種を取り除くのが面倒くさいけど、大好きなのでよく使います。あと最近いちじくが非常にお気に入り。

さて、最近始めたブリージングストレッチを考案された古久澤先生は、メルマガを出されているので当然登録して読んでいるわけですが、バックナンバーもチマチマ読み進めております。
あと、生徒さんがブリージング理論をわかりやすく解説してくれているブログもあって(というか、そもそもそのブログでブリージングを知ったのです。多分『酵素』を検索していてヒットしたように記憶しているけど、やたらとグレードが高く『引き』も強くて、素通りすることが出来なかった‥。興味のある方は『チンパンのブログ』で検索してみてください。アメブロです)、数年前から遡って読んでいるのですが、いずれも興味深いことがたくさん書かれている。

【人の身体のピークは60代】というのもその一つ。
わたし達は、加齢とともに身体も衰える一方だと思いがちだと思うけど、実はその使い方を洗練させていけば、60代で最高の状態になるというのです。
そりゃあパワーという観点からすれば、10代20代がピークということになるのかもしれないけれど、身体というのはそればかりではないわけですよね。『パワー、力強さ』はいつかは衰えるものだけど、技は磨けば磨かれてゆくばかりですから(変な言い回し‥)、それを思うと老いも楽しみになります。
※磨けば磨かれるということは、何もしなければ錆びつくわけだけど。

もう一つ。【仏頂面は社会悪】。顔というのは自分だけのものではないのだから、仏頂面で社会に迷惑をかけるのはやめましょう、というようなこと。
確かに仏頂面、しかめっ面って迷惑‥。
仏頂面ってのは、何事かに対して「自分は悪くない」「周りが悪い」というようなことをアピールしているということで、つまり根底にあるのは『甘え』なわけですよね。
本当に辛い時や悲しい時に、そのような表情をするのとは訳が違うと思う。

情緒の不安定な若い頃ならともかく、ある程度年齢を重ねたなら自分の顔(表情)には責任を持ちたいです。

上記の二つの言葉は実は古久澤先生のさらに師匠という方がおっしゃっていたらしいのですが、とてもよい教えだと思うので、世界の片隅でわたしも心に刻んでおこうと思います。

2012/09/16 (Sun)


空の青と本当の気持ち
空の青と本当の気持ち
お稽古事を楽しいと思ったことなど、生まれてこの方一度も無かったわたしですが、今はブリージングが心底楽しくて仕方が無い。(ビオダンサは楽しいし面白いし大好きだけど、アレはお稽古事という括りでは無いと思っているのでカウント対象外)

あんまりしつこく元気元気と書くと「何アピールだよ」と穿った見方をされてしまうかもしれないのでアレですが、ブリージングのおかげで何しろ毎日元気。
先日も久しぶりにお会いした方に「なんか雰囲気が違う。元々いつも元気そうだったけれど、ますます元気そうに見える」と言われて、すご~~く嬉しかった。

何が嬉しかったというと。
これまで誰かに「元気そう」「楽しそう」と言われても、それを素直に受け取れなかった自分がいたのをわたしは知っているのです。
なんでだか。どういうわけだか。そういったことを言われると「‥全然元気なんかじゃない。毎日『死にたい』って思ってるよ‥」とか、モヤモヤしてた。どこかで。恥ずかしいけど。

あのモヤモヤは一体なんだったのだろう。毎日元気で楽しい方がいいに決まっているのに。

そりゃあまあ日々色々ありますよ。
嫌なことも悲しいことも寂しいことも、時にはあるし、考えるべきことや、悩むべきことだってありますでしょうよ。しかし、『前提』が徐々にひっくり返って来ているなというのが、実感(体感)として、ある。

『人生は辛く悲しく不安で溢れているけれど、時々は楽しいこともある。』から、『悲しみを感じることも、もちろんあるけれど、人生ってのはそもそも【喜びそのもの】だよね』に。

いつだったか『土の上でうつぶせになった時の恐ろしいほどの安心感が、人の動物としてのデフォルトなのではないか』というようなことを書いたけれど、たぶん、アレです。

(‥というか、書いておいてなんですが、『人生ってのはそもそも【喜びそのもの】』という言葉が自分の中から出てきたことに、今、すごくビックリしている)


ブリージングの教室では何をしているのかというと、まあ、具体的には体操なんですけど、心と身体の使い方のお稽古という感じです。

以前、気孔の先生という人とお話した時に『心の問題を心で解決するのは難しい』とおっしゃっていたけれど、ブリージングも【心→心】【身体→身体】【心→身体】【身体→心】のうちのどれか一つだけの方向ではなくて、お互いがお互いを相互に援助し合っているという前提で、色んな角度・方向から『生きることの質』へのアプローチを行っているのだと思います。

それもそのはずというか、ブリージングメソッドを作った古久澤先生は(わたしは古久澤先生のクラスはまだ受けたとこ無いのですけれど、教室でたまにお見かけするといつもすごく楽しそう)、もともと武道や気孔やヨガを深く学ばれていた方だそうで、それらを現代の日本人向けに再構築したのがブリージングストレッチのようです。こんな簡単な説明で良いわけはないと思いますが。

だから所謂エクササイズというよりは、やはり『道』という印象が強い。教室も必ず礼に始まって礼に終わるし。(堅苦しいというわけではない)


さて、教室で聞いた興味深い話。
最近JRが青いライトを使っているの、アレ自殺防止なんだって知っていました?しかもすごく効果が上がっているのですって。わたしは知らなかったです。
あと街灯に青いライトが増えているのも、アレも犯罪防止なんだそうです。「変な色だな」とか思っていたんですけど。

青にはそのように、死にたいくらいの心の状態をフッと引き戻す作用があるのだそうで、確かに青空や海の青を眺めていると心のダメージの回復が早いですよね。
逆に目を瞑った時に青空をイメージ出来るかどうかで心の状態が把握出来るというのもありますし、さらにそれを逆手に取って、気分が沈んだら青空をイメージするように訓練をしたって良いわけです。
“青い空が見えぬなら青い傘ひろげて”ってヤツですね。ろうそくの炎の青い部分でも良いみたいです。

「なるほどー!」と思ったけど、しかしよく考えたら、気持ちが塞いでいる状態を「ブルー」と言い表したりもするので、そのあたりは疑問の余地ありですからちょっと考えてみます。
2012/09/13 (Thu)



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